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HOME  > 卒業生インタビュー  > No.25  吉田 雅子[京都市立芸術大学 美術学部総合芸術学科 教授(専門:染織工芸史)]

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No.25  吉田 雅子[京都市立芸術大学 美術学部総合芸術学科 教授(専門:染織工芸史)]

吉田雅子(よしだ・まさこ)
1982年度 武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業

1961年生まれ。
人間・環境学博士。武蔵野美術大学にてテキスタイルデザインを学んだ後、企業のデザイナーとして勤務 。1989~91年、ワシントンD.C.のテキスタイル・ミュージアムでスペシャル・インターンとして染織品の展示・保存・調査に携わる。1992年よりニューヨークのメトロポリタン美術館・アジア美術学芸部にて東アジア染織品のリサーチ・アシスタントとして勤務。2005年に京都大学人間・環境学専攻博士課程を修了し、同年より京都市立芸術大学講師、准教授を経て、2014年より現職。2017年に著書『海のシルクロードの染織史』が出版された。

 

【スライド写真について】
1 本人ポートレイト
2 大船鉾『祇園祭2017』電通京都支社編、京都市観光協会・祇園祭山鉾連合会発行、2017p.51より転載
3 著書『海のシルクロードの染織史』

プロフィールを見る

「諦めないでアクションを取り続けるからこそ開くドアがある」

− 職業の決め手は

大学卒業後はモード・エ・ジャコモでデザイナーとして働いていたのですが、「歴史的文脈に関わりたい、より深くテキスタイルを見つめたい。」と思い、染織について調べながら色々な方に手紙を書きました。そのときニューヨークのメトロポリタン美術館の方に「ワシントンD.C.のテキスタイル・ミュージアムに連絡してみたら?」と勧められたんですね。そこでワシントンに宛て手紙を送ったところ「うちはお金がないから雇用することはできないけど、自費で来るならば訓練してあげます」という返事がもらえました。それで全ての貯金とスーツケース一個だけを持って訪ねて行ったんです。
インターンとして9時から17時まで働いて、「17時以降も勉強したい」と言うと「そんなに勉強したいのならThe Primary Structures of Fabricsという本を読みなさい」と、その本をいただきました。当時の私にとっては内容がとても難しい本でしたが、よく見てみると載っている資料は全てテキスタイル・ミュージアムの収蔵品だったので、「本と実物を比較したいから収蔵品を見せてほしい」と交渉し、顕微鏡の使い方まで教えてもらいました。そのときの経験が私にとって一番大きな勉強になりました。

− ムサビ時代のエピソードは

大学ヘは殆ど行かず、たまに行ったとしても夕方頃から工房で少しだけ作業して帰るというような、不良学生の典型でした。先生にも友だちにも本当に迷惑をかけていたと思います。それでも作品をつくることは好きでしたから一生懸命つくっていました。大学に行かない時間は六本木の高級料理店でアルバイトをしてお金を貯めて、ヨーロッパへ放浪の旅に出かけていました。振り返れば、もっと友だちと仲良くして良き学生時代を過ごしたらよかったかなとも思うのですが、そうやって海外へ行くことで様々な美術品や古いものを見ることができたし、風土と美術品の関係みたいなことをすごく強烈に考えさせられたので良い経験になりました。

− 仕事で一番大切にしていることは

現在は博士課程の論文指導をしていて、この人はどんなことをどのように調べていけば、作品制作においてうまく展開できるようになるか?と一人一人のケースごとに考えています。アーティストやデザイナーとして作品をつくっている頃は「私は」という主語で常に考えていました。でも、今の仕事では「彼は」「彼女は」という他者を主語にして考えることが必要とされます。学生時代の私はとても自己中心的でしたが、色々な国に行き様々な経験をし、変化してきました。特にアメリカでは誰も頼る人がいない中、一人で生きていかなくちゃ!と必死になっていると、たくさんの人が助けてくれて、人のありがたさが本当によくわかるようになりました。人に対する接し方が変わり、私自身が変わって、開眼したように思います。だからこそ主語を変えて考えることができるようになり、それが今の職業にも活かされています。


祇園祭の山鉾巡行の説明をしてくださいました。(京都市立芸術大学の研究室にて)

− 現在旬なことは

京都の祇園祭で巡行する山鉾のひとつに、江戸時代に焼失してしまった「鷹山(たかやま)」という曳山(ひきやま)があります。それを復興させるプロジェクトのメンバーとして、巡行に必要な道具や衣装のデザインを学生たちと一緒に考えています。鷹山を曳(ひ)く人、音頭を取る人、笛を吹く人、屋根の上に乗る人、車を回転させる人など様々な役割があるので、その役割ごとの衣装デザインや裾幕のデザインが必要になります。近年「大船鉾(おおふねほこ)」という曳山が復興した際にも、学生と教員とで裾幕をデザインしたり、音頭取りの衣装をデザインしました。同じように鷹山も、今後5年ほどかけて復興プロジェクトを進めていくことになります。今年は、曳き手の衣装と来年用の鷹山の扇子をデザインしました。京都ならではの仕事としてやりがいがあり、楽しんで取り組んでいます。


鷹山の扇子に選ばれたデザイン


鷹山の曳き手の衣裳に選ばれたデザイン

− 今後の予定や自身の研究について

祇園祭の曳山には色々なタペストリーが用いられているのですが、その歴史を概観して調査するというプロジェクトに4、5年かけて取り組む予定です。多くの美術史の研究者は「このモチーフやこの表現は」と考えます。でも私はそれに加えて「この材質や技術は」と考え、実際に顕微鏡で組織を観察し分析調査します。材質や技術的な特徴を詳細に分析することにより、つくられた国や地域、文化を識別することができます。実際にものを見て考えるというのは、ムサビでものづくりを学んだ経験があったからこそ可能になったやり方なんです。手を動かしてものをつくった経験というのは研究者にとって非常に貴重で、顕微鏡を見てもわからない時は自分で実際にモデルを制作し検証しています。それは私の研究活動の大きな特徴となっています。


鶏鉾のブリュッセル製タペストリー、トロイ戦争シリーズより

− 夢をかなえるために大切なことは

自分のやりたいことはすぐには形にならない、けれどそれを心の中に持ち続け、様々な形で、様々なタイミングで試みること。タイミングや、働きかける相手が違うと夢って実らないんですよね。そこで諦めてしまったら、結局同じ輪の中をまわり続けるだけになってしまいます。だから諦めないで、アクションをとることです。アクションをとらないで考えていても何一つドアは開かないですから。

− 美術やデザインの力とは

祇園祭の仕事に関わる中で思うのですが、人間を繋ぐということ。例えば大きな文化や歴史を見てみると、美術や染織品を介し様々な形で人間が繋っていくのがわかります。それは不思議と、人間そのものだけでは起こらない繋がりなんですね。「モノ」を介した繋がりというのは、時に一つの小さな地域の中で、あるいは大航海時代には世界規模で起こることもありました。人間は様々な要素を持っていて、善と悪、聖と邪、それだけでなく曖昧でグレーな部分も持っています。それら全てを飲み込みながら、人間を繋いで、包み込んでいくようなものが、美術だと思っています。


研究室にて著書を手に

−  編集後記

京都市郊外にある京都市立芸術大学の研究室でお話を伺いました。何事にも効率よく歯切れのいい応答をしていただいたのが印象的です。海外での学会発表前でお忙しそうでしたが大航海時代の染織史のお話は非常に興味深く何時間でも聞いていたいほどでした。

取材:林 葉月 (98学基/「甘夏ハウス」主宰)

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