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HOME  > 会報誌 msb!マガジン > 福田 里香 [お菓子研究家]

[msb! magazine] インタビュー No.95

福田 里香 [お菓子研究家]

福田 里香 [お菓子研究家]

【プロフィール】
1962年生まれ
1985年 武蔵野美術大学造形学部芸能デザイン学科(現、空間演出デザイン学科)卒業

まんがのイメージをお菓子にしたレシピ&フード評論本「まんがキッチン」(アスペクト)の出版をきっかけに、まんが関連の仕事が増える。著書に「カクテル アラモード」(白夜書房)、「お菓子と果物の手帖」(ヴィレッジブックス)、「児童文学キッチン」(共著/講談社)、「フレーバーウォーター」(文化出版局)、近著「ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50」(太田出版)など多数。タマフル(TBSラジオ)では、細田守監督映画『サマーウォーズ』特集の際に細田作品における"フード理論のあり方を指摘するメールが取り上げられ、それが縁で、「福田里香の フード理論」特集として本人出演の下、映画におけるフードの扱われ方と表現との関係を解説し、大好評を博した。

フード三原則「善人は食べ物を美味しそうに食べ、
悪人は粗末に扱い、正体不明者は食べない」

■ 夢はまんが家

− 福田さんはお菓子研究家としてたくさんのレシピ本を出されていますが、特に今注目されている、まんがや映画に出てくる料理を独自の面白い目線で分析したエッセイは面白いですね。いつ頃から食には興味があったのですか。

小学校の頃、夢はまんが家でした。それが、いざ、ストーリーを書こうとしたら何も浮かばなかったんです。でも、絵を描くのが好きだったので美大に入ったのですが……。選んだ学科が空間系で、設計で図面をひくのですが、数学苦手だし自分には空間扱うのは無理だと自覚したんです。当時、ムサビの卒業生のハギワラトシコさんたちが「CUELキュール」というユニットを結成していて、料理でパーティーをデザインするという斬新なケータリングの先駆けとして大活躍されていて、食べ物という手もあることに気づいたんです。ところが、食関係の仕事を探しましたが、採ってくれる所なんてないんですよ。美大なのになぜ食なの?と。そんな中で、「新宿高野」が企画に異動させてくれるということで、はじめは売り子からでしたが就職したんです。

■ 助けてくれたのはクラスメイト

− 私も、ビックリハウスで、なぜムサビを出て編集長なのかと、言われましたよ。でもその状況を楽しむというか、転んでも面白がってただじゃ起きないというのがサブカルの強みみたいなのがありましたね。

そうですね。本当はとても不利な状況や選べないような状況でも、できることをやりましたね。いろんな紐をたばねて“ひゅっ”と持ち上げるようなイメージなんですが、結果的にはからまることなく、全てがつながっていました。

− 新宿高野に就職したことが今に繋がっていますね。30歳で辞められていますがきっかけは。

企画もいくつかやらせていただき、その経験は生かされていますね。具体的なあてがあったわけではないんです。そうしたら、すでに少女小説家として世に名前が出ていたクラスメイトの小林深雪ちゃんから「小説に出て来たお菓子についての質問が多いから、そのレシピ集を作ったらいいんじゃないか」と、話を持ちかけてくれたんです。私の学年はふたり有名な文筆家がいて、ひとりがリリーフランキー、もうひとりが彼女。まんがでは、一切、コンテ割りができなかったのに、お菓子の本をつくるとなったら、3時間ほどでつくれて、あっ、コレか!と思った。その企画が採用になってできたのが、『キッチンへおいでよ』です。それから、著者の話があって、果物とABCで編集した2冊でデビューしたんです。絵が描けるお陰で口とイラストで企画が通ってるんですよ。

■ 一番食べたくて、食べられないものは、まんがのそのコマの中にある「それ」

− 美味しそうに描けてますよね。やはりもつべきものは、友ですね。食の中でも、なぜ“お菓子”だったのですか。

もし、私がまんがを描けたら、得られたであろう満足感に一番近いのかもしれません。可愛いというのも初期衝動的なファクターになっていますが、何といってもネームが切れる(注1)ことですね。私が一番食べたいものは、まんがのそのコマの中にでてきた「それ」なんです。ここら辺にあるのに手が届かない、多分一生食べたり、つくったりできないから、だから本をつくっているのかもしれません。興味はここに現実にあるものよりも、まんがという2次元の中にあって、読んでるときにその関係性の中にあるからこそ、おいしそうと感じるんです。3次元が好きだったら、お店をやっていると思いますね。

− 表現されているもののシーンの中が、面白いわけですね。まんがや小説を読んだり映画を観たりした時に、なぜ食ベ物が印象的だったのですか。それはいつ頃からですか。

小学校の頃からそうで、食べ物が上手に出てくる作家のまんがが好きでしたね。基本的に人の快楽とか欲望について興味があって、食べ物の中でそういう部分を担っているのが、お菓子だと思うんです。生き死に関係ない余分なもの。でも、音楽や本がない人生なんて考えられないと思うのと一緒で、ごはんだけ食べれば生きていけるけど、つまらない。苦しくならないためにも、それを作っている限りは満足できるんですよね。お菓子は快楽であり娯楽なんです。

■ やっぱりまんがが好き。まんがは私にとって、すべての物差し。

− 無駄なところが人生の素敵なところですね。この仕事でやっていこうと思ったターニグポイントは。

フランスを旅した時に、美味しい料理や風景でもなく日本のまんがに出会ったことなんです。サービスエリアにまんが積まれていて、それが翻訳だから絵が全部逆版なんです。これを逆版じゃなくて、しかも母国語で細かいニュアンスまで読めることに感動しました。まんがは自分のルーツだと、捨てたらダメだと確信して、一生読み続けようと思いましたね。まんがは私にとって、すべての物差しになっています。30代後半に、雑誌『装苑』のフードコラムのページをいただくことになって、当時の編集長がムサビの先輩でもある関直子さんで、ファッション誌だけれどもカルチャー寄りでした。その連載で羽海野チカさんの「ハチミツとクローバー」とか、まんがを紹介したのがきっかけで、フードまんが特集をやらせてもらい、まんが家さんを取材するようになりました。それで、名作まんがからイメージしたお菓子のレシピとまんがとフードの関係を読み解いたエッセイが『まんがキッチン』です。

■ 粗末なものでも残さず食べる黄門さんは庶民に受け入れられる善人の象徴。

− 『まんがキッチン』はレシピ集としてだけではなくて、少女まんがの独自の評論としても評価されていますよね。そこから持論の食に注目して分析した “フード理論”が確立されていくわけですが、どういうものですか。

ステレオタイプ(注2)といわれることを食べ物や食にまつわるシーンに当てはめて、考察していますが、もともとは、子供の頃に祖母と見ていた「水戸黄門」からはじまるんです。黄門様が庶民に受け入れられるのは、出された芋粥を残さず食べているからじゃないかとか、悪代官は、豪華な御膳を前にしながら、全く手を付けていないで食べ物を粗末にしているとか、素浪人は食べ物に手をつけない正体不明者だ、というようなフード理論的なことをずっと自分の中で温めてきたんです。たまたま、あるラジオ番組に細田守監督の『サマーウォーズ』の感想を“フード理論”的に作品を分析したものを送ったところ、それが面白いと番組で取り上げてもらったんです。それで、フード理論なるエッセイを連載することになって、まとめたのが、『ゴロツキはいつも食卓を襲う』です。レシピのない本で、こんなに書きたいことが詰まっていたのかと自分でも驚きましたね。

■ 「見たままを信じないで…!」

− 映画でも本流とは違うところで、食べてるシーンに、人間関係の是非やこの先の展開予想ができたりと、確かに台詞以上に見えてくるものがありますね。

食べ物というのは根源的なもので、寓話も結構多いですよね。大学の時に西洋美術史の授業でイコノロジー(注3)という考え方を聞いて、それは興味深かったですね。特に西洋絵画では描かれているものすべてがアイコンだということ。例えば、ワインとパンが描かれた絵があったら、キリストの血と肉を表しているとか。描かれた目に見えるままと、作品の本当に言いたいことは違い、歴史や精神、文化などを理解することにより、意味合いが違ってくるという講義は面白かったですね。そういうことを少し知るだけでも人生が変わったと思います。

− お菓子研究家の立場から3.11を経験して、食についてどのように考えますか。

とても重いテーマですが、ひとつは食の危機ということですよね。東北のものを食べるのか食べないのかということも、大切なのはまず正しい情報が誰でも簡単に閲覧できるようにオープンであること。それから教育です。また子供に関しては、きちんとした食育があるべきだと思います。こういうものが体にいいんだとか、何で体は構成されているということを学んだ上で、大人になって自分の判断でカップ麺しか食べないのはありだと思う。言いたいことは「見たままを信じないで…!」ということです。

− 物事を振り回されないで考えようよということを、食のフィルターを通して、伝えていらっしゃるということがわかります。今後、やっていきたいことはどんなことですか。

私の場合、面白いエンタメとして本をつくっているから、急に教育的になっても読者はついてきてくれません。結局は北風と太陽で、楽しいからコートを脱ぐ人はたくさんいるわけで、私がやれることはそっち側なんです。今は、本を5、6冊出す予定があるので粛々と進めています。続編として「まんがキッチン おかわり」という連載がネットではじまり、来年には本にまとめたり、“フード理論”の展開としては、個別の作品ついて書いていきたいと思っています。

■ まずは折れないこと。その範囲を諦めないということが大切

− 今の若い学生や卒業生にひとことお願いします。

きらめくような才能があればいいですが、でもそういう人は稀です。まずは折れずに、望みの範囲を諦めないということが大切だと思います。私も30歳過ぎてから、“まんががらみ”の仕事ができるようになりました。まんが家でと思って粘っていたらできなかったかもしれません。うまくいかないことがあっても、それ全部がダメなわけじゃなく、少しだけポイントをずらしたら広がっていくこともあるから、若い人にはそれを探してほしいですね。

− では最後に、次回のゲストを紹介してください。

話にも出て来ました同級生で少女小説家の小林深雪さんをご紹介します。今年に入ってからも、共著で児童文学『キッチン お菓子と味わう、おいしいブックガイド』を出版しました。彼女とは大学時代にクリスマスパーティや誕生日会で買い出し係でしたね。いまだに仲が良くて、仕事も一緒にやったりしています。おまけに旦那も彼女の紹介なんです。(笑)小林さんもやっぱり食がらみのまんがの原作でもヒットも飛ばしていて、2人とも食べ物のことで、強いんですよね。

− 今日はありがとうございました。

聞き手/髙橋章子 表紙・インタビュー頁撮影 平野太呂


【注釈】

(注1)まんがのコマ割り、コマごとの構図、セリフ。キャラクター配置などを大まかにあらわしたもの。

(注2)判で押したように同じ考えや態度や見方が、多くの人に浸透している状態を言う。

(注3)絵画などに表された事物の意味であるイコノグラフィー(図像学)よりも深く、作品の奥底にある歴史意識、精神、文化などを研究しようとする学問である。

■ 編集後記

自作のフレーバーウォーターで迎えてくださった福田さんは、昔ビックリハウスの愛読者だったとかで、逆取材したいぐらいとのことでしたが、やはり好きなものに対する思いは熱く、書ききれなかったフード理論にも、ただただ、「そうそう、あるある」と関心しきりでした。サブカル強し。ますますのご活躍をお祈りいたします。

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