中山 みどり(なかやま・みどり)
フェルトアート作家、一般社団法人フェルトアート協会代表理事
(2000年[1999年度]武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒業)
武蔵野美術大学日本画学科を卒業。2001年、羊毛フェルトと出会い、指人形作りを始める。2003年から八王子市美術館に勤務。その傍ら、フェルトアート作家として数々の個展やワークショップを開催し、オーダーメイドのペット人形を数多く手がける。2007年、独立。羊毛フェルトで作り出す本物そっくりの犬猫や動物が話題になり、テレビ朝日系「徹子の部屋」などにゲスト出演。作品集『ほころび時間フェルトアートの小犬たち』(青幻舎)など。
※羊毛とフェルトアートについて
羊毛とは、ヒツジの毛という素材そのものを指す。その羊毛を石けん水につけて摩擦を加えたり、専用の針で刺してからめたりすることで固める(フェルト化させる)手法を羊毛フェルトといい、その手法を用いたアート表現をフェルトアートと称する。
【スライド写真について】
1.本人ポートレート
2.フェルトアート「三毛猫」
3.フェルトアート「フェルトアートの集合写真」
4.著書『中山みどりのフェルトアートmidofelt』 (2012年,日東書院)
5.中山さん考案の羊毛で制作した指人形「ゆびにん」の作り方をまとめた冊子『Let’s Make ゆびにん フェルトとニードルパンチで作ろう指人形!!』(2003年)
羊毛に触れ癒された記憶を、制作の力に変えて
─ ムサビを目指したきっかけを教えてください。
高校生の頃、進路を考えるなかで、小さい頃から絵を描いたり物を作ったりすることが好きだったので、美大を目指したいという気持ちが芽生えました。予備校に通いはじめ、日本画家・徳岡神泉の絵に感銘を受けたこと、画材屋さんで日本画用の絵の具が色とりどりに並ぶ光景に強く心を惹かれたことは、今でもよく覚えています。
はじめは地元である愛知県の予備校に通っていたのですが、受験は簡単にはいかず……。全部の大学に落ちて二浪が決まり、悩んだ末に「でもやっぱり美大に行たい、広い世界で挑戦したい」と思い、一人で東京にある予備校の説明会に行きました。その帰りに不動産屋に立ち寄り、そこから電話で父を説得して、部屋を契約。こうして二浪目から上京させてもらいました(笑)。三浪目でようやくムサビに受かったときは、「入れてくれてありがとう!」という気持ちでした。

─ 在学中、夢中になったことを教えてください。
授業では日本画の素材や技法を学ぶ機会に多く恵まれ、絵を描くこと自体を楽しんでいました。ですが、自分の表現を見つけていくために「何を描きたいのか」「どういうスタイルで表現するのか」ということはずっと模索していたと思います。
私の地元・常滑市は、常滑焼の産地として知られています。叔父が陶芸家だったこともあり、もともと陶芸には興味があって。大学1年生の頃に入ったサークル「窯工研究会」で、その世界に本格的にのめり込みました。
芸術祭では展示していた器を、近所のおじいさんが「売ってほしい」と言ってくださったんです。絵を売るという経験をしたことがない時期に、「これが欲しい。使いたい」と思ってもらえることに感動しました。立体的な造形を作る楽しさと、自分で作ったもので人に喜んでもらえる嬉しさを知った経験です。
岩絵の具や金箔、銀箔の美しさ、白を酸化させることで生まれる色の変化。そういった日本画の素材に加え、陶芸で土に触れた経験から、質感そのものへの関心が高まり、絵の表現の幅を広げていた時期でもありました。
─ 卒業後は、絵画教室の先生と日本画家として活動をはじめられていますね。
当時は就職氷河期で、私は教員免許を取ることを約束に3年間浪人させてもらっていて、教員採用試験を受けるつもりでした。ただ試験日に事情が重なり、受験することができなかったんです。
そこで、大学3年生の頃から講師をしていた絵画教室を続けながら、作家活動をしようと決めました。卒業1年後に銀座のギャラリー会場を予約して、その日を目指して制作を開始したんです。個展を終えた後は自分の好きな表現を突き詰めた結果「日本画は一旦やり切った」という感覚と、この後どうしていこうかという迷いも生まれました。

「常滑散歩道」2001年紙本着彩
─ それからフェルトアート作家へと転身されたきっかけとなる、羊毛との出会いを教えてください。
その個展から2年後に同じ会場を予約していて、何を描こうかと考えていた頃に持病の治療入院をすることになって。その時にお見舞いに来てくれた美術教室の先輩が、「今度、授業で使うんだよ」と羊毛を持ってきてくれたんです。
当時はまだ羊毛フェルトというものが世に知られていなくて、私はそこで初めて羊毛に触れたのですが、その羊毛はすごくカラフルで、ふわふわしていて、触るだけで癒されました。そして、石けん水に浸してこすると固まるというので、試すと本当に固まってフェルト化したので「手品!?」と衝撃を受けました。そして退院後も羊毛フェルトにはまっていったのです。
その半年後には、水フェルトではなくて、刺すことでフェルト化する針があると知って手に入れ、立体造形ができるなら、作れるものが無限に広がるのではないか。そんな発想が、次の制作へとつながっていきました。

そこで次の個展は、羊毛を使ったものにしよう。私が癒され、面白いと感じた経験を共有したいと考え、個展『あそぼ つくろ わらお』では、フェルトアートの指人形100点の展示をして、ワークショップを行いました。
そして、展示後、指人形だった犬から少し大きな四つ足で立つ犬に発展させました。現在ほどリアルではない形ですが、当時飼っていたビーグル犬の「リキ」を制作して。友だちに見せると「うちの犬も作ってくれない?」「会社の社長が作ってほしいって言っているよ」と、徐々に愛犬のフェルトアートを依頼されるようになっていったんです。

愛犬「リキ」をモチーフに指人形を制作(2003年)
─ 現在のようによりリアルな表現を追求するようになったのは?
オーダーメイドで作ることは本当に難しく、「うちの○○ちゃんはもっと可愛い。全然似てない。」と言われることもありました。犬って、犬種によってそれぞれ骨格が違う。足が長いとか、鼻が短いとか。それだけでなく同じ犬種でも、飼い主さんには違いがわかる。
でも私はそこまでの目を持っていなかった。私自身が写真の中からでも「これが○○ちゃん」とわかるぐらいの目を持たないと、その子は作れないんです。
だからまず、その子の情報をたくさん入れることから始めます。骨格、筋肉がどうなっているか。1枚の写真と別の写真を合わせてって、360度合わせていく。羊毛だけでは表現しきれず、毛糸や動植物の毛、化学繊維など様々な素材も使って表現しています。

オーダーされた方に合わせて、リアルを追求していきます。
─ オーダーされるおひとりおひとり、そして1匹1匹と向き合っていく作業ですね。
ワンちゃんもネコちゃんも、家族の一員。亡くなったペットのオーダーをされる方も多く、「○○ちゃんが帰ってきてくれた」と、泣いて喜んでいただけることもあります。また、「一緒に旅行に行ってきました」と届けた後のストーリーも生まれることも。
私が作るのは作品そのものですが、それ以上のものを作らせていただいているなと感じています。本当にありがたいお仕事です。

─ 作家としての活動が広がるなかで、2013年一般社団法人フェルトアート協会を設立された背景を教えてください。
フェルトアート作家としては「ゆびにんカレンダー」の制作や百貨店での展示、フェルト教室の開催など機会をいただくようになっていきました。一方で、美術教室の講師を退職し、八王子市夢美術館の立ち上げにはエデュケーターとして関わっていた時期もあって。オーダーを多く抱え、1日に2点制作しなければ間に合わないほど、忙しい日々を送っていました。
テレビ出演や取材の機会も増え、「うちの子も作りたい」「うちの子を作ってほしい」という声を数多くいただくようになります。教室ではもともと、上達された生徒さんに認定を行い、講師として活動していただく取り組みも続けていました。
需要が高まる中で、「組織化したほうがよいのでは」という声をいただくようになり、支えてくださる方々の力も借りながら、協会の立ち上げを決めました。

─ 認定講師・認定マイスターを育成する立場として、大切にしていることは。
育成する立場の私自身が楽しんで作り、その姿を見せていくことが一番大切だと思っています。
勿論、作ることは楽しいことばかりではなく、オーダーメイドでは実は今でも毎回、似せられなくて苦しんでいます。でも、あきらめずに探求を続けていると、「あっ!ここがこうなのか」と見えてくる瞬間があったり、発見があったり。それの積み重ねで少しずつ階段を昇れている気がします。試行錯誤の先に、見えなかったものが見え、できなかったことができるようになる。諦めずに探求していく楽しさ。それが認定講師・認定マイスターの皆さんにも伝わるといいなと思います。
─ 個人としての活動から、組織を率いる立場になられた現在の思いを教えてください。
「認定システム」としていますが、私としては一緒に活動を広げていくことができる仲間を育てているという感覚です。制作や教室、展示会を通して、この楽しさを多くの方に届けていけたらいいなと。協会の代表となると、これまでひとりでやってきた分、自然体ではいられない部分もあり、葛藤は今でもあります。

個展「中山みどり フェルトアート展」おかざき世界こども美術博物館(2024年)
でも、私ひとりでできることには限りがあります。人を育てることで、「うちの子を」と言ってくださる方々の思いに、より多く応えていけたらフェルトアートはさらに広がっていく。私が指導することで、ひとりで制作や教室をするよりも、さまざまな人の思いを形にし、届けることができる。求めていただける限りは、続けていきたいと思っています。
使命というと大げさかもしれませんが、私は闘病中にこの素材に出会うことができました。大切にしているのは、その時に自分自身が癒された経験。フェルトアートを通して、みなさんに癒しを感じてもらえたらというのが活動の軸です。続けていられるのは「人に喜んでもらいたい」という、単純な動機です。
─ 今後挑戦したいことはありますか。
オーダーの犬や猫の制作は目指すところが明確な仕事で、気持ち的には修行僧のよう。それだけでは時には、息苦しく感じて行き詰ることもあります。なので、本来の自由にものを作る楽しさも大切にしたいなと思っています。
新たな挑戦というほどではないですが、子どもたちに羊毛フェルトを楽しんでもらえたらと、近々、小学校のPTAイベントでワークショップを行う予定です。子どもたちの自由な発想とエネルギーに触れつつ、羊毛フェルトを気軽に楽しんでもらえたらいいなと思っています。
─ ムサビで学ぶ学生たちへメッセージをお願いします。
在学中は、とにかく楽しかったですね。友だちと校舎を歩きながら空を見上げて、「今、嫌なものが何ひとつない。」と言っていたのを覚えています。学生時代は無敵で、何をしても許されているような時間。自分がやりたいことを思いきり突き進める、貴重な期間だと思います。ムサビには面白い人がたくさんいることも、大きな魅力ですよね。
だからこそ、自分自身のことも、人との関わりも大切にしてほしい。楽しんで、満喫して、好きなものを突き詰めてください。その経験は、きっとこの先の人生につながっていくと思います。

取材:細野由季恵(10学視/エディター・ディレクター)
ライタープロフィール
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。
好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。
撮影:いしかわ みちこ(10院デ写)