大﨑 優(おおさき・ゆう)
デザインストラテジスト、サービスデザイナー、株式会社コンセント取締役
(2004年[2003年度]武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業)
1980年愛知県名古屋市生まれ。デザインストラテジスト※1・サービスデザイナー※2。株式会社コンセント取締役。デザイン経営に関する支援、事業開発支援、ブランディング支援、コミュニケーションデザイン等を行う。人間中心設計推進機構(HCD-Net)評議委員。Xデザイン学校(X DESIGN ACADEMY)アドバイザー・講師。
※1 デザインストラテジストとは
会社や組織が抱える問題を、デザインの力で解決する専門家。ポスターやロゴを「つくる」のではなく、「どんな体験を届けるべきか」「どんな価値があれば人は喜ぶか」を最初から一緒に考える仕事。ブランドの方向性を決めたり、新しい事業を立ち上げたり、会社の仕組みを変えたりと、ビジネスとデザインをつなぐ戦略を考える役割
※2 サービスデザイナーとは
「使う人の体験」を中心に、サービス全体を設計する専門家。たとえば飲食店なら、予約→入店→注文→飲食→会計→SNSでシェア、という一連の流れすべてを「心地よい体験」として設計する。サービスデザインは、利用者の体験を大切にして、長く続くビジネスをつくる方法。売るだけでなく、体験や関係性を売る時代に必要な考え方。
【スライド写真について】
1. 本人ポートレート
2. 本人著書 『デザイナーのビジネススキル キャリア5年目からの「壁」の越え方』(翔泳社、2025年9月)
3. ⼀般社団法⼈⽇本デザインマネジメント協会主催セミナーでの登壇の様子。デザインとビジネスに関する講演も多数行っている
4. 検討初期から新規事業開発を支援した、株式会社長谷工ライブネットが管理する賃貸マンションのオーナー様向けウェブサービス「HOLiY」(2022年)
5. 取締役を務める株式会社コンセントで、社員の評価・育成に関する仕組みづくりの一環として作成している、デザイン人材のスキルマップ「技術マトリクス」。社会変化に合わせて毎年更新(2018年〜)
デザインとビジネスのあいだで考え続けて見えた、デザイナーの強さ
─ ムサビ入学のきっかけと、在学中に学んだことについて教えてください。
ごく平凡で、絵を描くことに夢中だった自分に高校の美術部の先生が「美大に行ってみたらどうだ」と声をかけてくれたことがきっかけです。入学後は記号論や空間構成、ダイアグラムデザインを追求していました。
視覚伝達デザイン学科の学生は、視覚表現に秀でていて広告業界に入る人も多い。その中で自分のやりたいデザインは何かと考えたとき、CMやポスターのような商品の購入や消費を促すデザインではないなと。デザインで人がどう変わっていくか、つまり媒介としてのデザインのあり方が好きだという感覚を持っていました。たとえば雑誌なら、読んでもらうことでその分野に関心が生まれ、交流や文化が育まれていくようなデザインです。
そういう対話の装置としてのデザインに触れていきたいと考え、子どもや障がいを持つ方とのワークショップをされていた及部克人先生のゼミに入ったり、卒業制作では立体を作ったり、周りの学生とは少し違うアプローチをしていました。

─ 卒業後は現在役員を務める株式会社コンセント(当時、株式会社アレフ・ゼロ)にエディトリアルデザイナーとして入社されています。
当時、雑誌のデザインを多く手がけていたこの会社には、ムサビの卒業生が多く在籍していました。その関係で、身近な感覚と軽い憧れを抱いていました。もともと雑誌というメディアがすごく好きでしたし、出版物を通して言論のあるものに触れていきたいと思い、エディトリアルデザイナーの道を選びました。
1年目は画像の切り抜きや色補正といった下積み。大変でしたがデザイン制作の基礎を学び、楽しかったです。ただ、ある日の飲み会の帰り道に、当時の上司でもあったアートディレクターから「なぜお前はこの時代に紙媒体のデザインを始めるんだ」と問いただされたんです。半分冗談で半分本気のその言葉にとまどい、深く考えさせられました。出版業界が斜陽産業といわれていた時代に、自分の仕事の意味を自分なりに作っていこうと思いましたし、目の前のデザイン業務を大局的に感じ取れるようにもなりました。
5年目にはアートディレクターとなり、非常に忙しくしていました。上司がビジネス分野の構想を練る様子を傍目に見ながらも、今ではありえないぐらいの残業をして、造形的なデザインに没頭していた時期です。

『経済産業省 省案内パンフレット(2009年)』
─ では、ビジネスを意識し始めたきっかけは?
クオリティを上げることももちろん大切ですが、必要なタイミングとコストで作ることが極めて重要だと痛感したんです。出版物の制作単価が下がっていく中、稼ぐには仕事量を増やすしかない。去年よりも多く、翌年もさらに多く、という形で仕事の量を増やしていかないと収入が保てない。体力的にも限界でした。
この稼ぎ方では、自分だけでなく会社全体が良くならないと思ったんです。出版物がビジネスの中でどのように機能しているのかを理解し、デザイナーにとって必要な行動とは何かということも意識しはじめました。
─ 当時のデザイン業界では、ビジネスはどう捉えられていましたか?
デザイナーの間には、ビジネス視点は邪魔なノイズのような感覚があったかもしれないですね。利益を上げるためにはたとえば10時間で作らなければいけないところを「20時間必要だ。時間の制約をかけるのはクオリティを損なう」と。制約をどう手なづけるのかではなく、お金の管理者とどう戦うかという視点で「ビジネス」の存在があったのかなと。

「とはいえ、当時は私も裏でこっそりと時間かけてデザインしてたんですけどね(笑)。プライベートの時間を利用して、『やってないですよ』みたいな顔して。頭ではビジネスを大事にと思いつつ、真逆の行動もとっていました」。いいものを作りたいというデザイナーとしての想いがあったことも教えてくれた大﨑さん。
─ その後、サービスデザインやデザインストラテジスト、2015年には役員に。大﨑さんご自身はどのようにビジネススキルを身につけていかれたのでしょうか。
ITが普及していく流れもあり、8年目ぐらいからエディトリアルデザインを段階的に減らし、サービスデザインに取り組んでいきました。サービスデザインは事業のデザインなので、「サービスの価値は何か」、「いくらで提供するか」といったことにも関わります。とにかく本を読み、模索しながら、ビジネス知識を大量に吸収していきました。
─ 2024年7月からウェブマガジン「Creator Zine(クリエイタージン)」(運営:株式会社翔泳社)にて連載『デザイナー五年目からの教科書』を始められています。なぜ「伝えよう」と思ったのでしょう?
デザインストラテジストとして、クライアント企業のデザイン戦略に多く関わってきた経験からです。経営者にデザインの役割を伝え、様々な企業でデザイナーが活躍するケースが増えていったものの、それだけではまったくの不十分で、デザイナー自身が強くならなければいけないと感じるようになっていったんです。
社外の経営者や管理職から「(デザイナーは)ビジネスを理解していない。依頼を待っているだけで自分から動かない」といった不満をたびたび聞くようになりました。この状態を放置してはいけない。自分のクライアントを支援しているだけでは時間が足りない。いずれ社会全体でデザイナーに失望が集まることになる。だから、自分で文章を書いて広く伝えていかなければならない。そう思いました。

連載ではデザインの現場経験を積んだデザイナーが、5年目以降に直面する「ビジネス視点」と「次の成長段階」をテーマに、デザインの意味と可能性を掘り下げています。
─ そして2025年9月にはこの連載をさらに掘り下げた書籍も出版されました。改めて執筆する中で、どのような気づきがありましたか?
二つあります。一つは、デザインスキルとビジネススキルは、部分的に融合に向かっているのではないかということです。たとえば、この本の中に「仮説の可視化で加速する」(「第2章 周りを知って結びつく」より)というパートがあります。デザイナーがビジュアルデザインのスケッチ、ビジネスモデルの図示を作り試すことで、みんなを動かしていく。つまり、デザイン思考や可視化する力そのものが、ビジネススキルとして機能しはじめている。執筆期間のなかで、デザインとビジネスが溶けて混ざっていく感覚がありました。
もう一つは、デザイナーは絵がうまい下手ではなく、自分の考えを形にして表現できる。それに加え、否定されることへの耐性があり、周囲の感覚を受け入れながらも、自分の意見を示してバランスを取れる。執筆中、ここができているデザイナーは「どんな現場でもやっぱり強いんだ」と感じました。今の社会でデザイナーが必要とされている理由が、自分の中で再確認できました。

『デザイナーのビジネススキル キャリア5年目からの「壁」の越え方』(翔泳社、2025年9月)
─ デザイナーから経営者へ。肩書きや視点が変わる中で、迷いや葛藤はどのように昇華していったらよいのでしょうか?
安易には解決しないと思います。言語化されるものとされないものは常に存在しているし、人間の中で起こっている情動を言語化しない方がいいこともある。そこを安易に繋げなくてもよくて、葛藤があったり、もがいていたりすること自体に価値があると思うんです。
デザイナーは、予定調和に落とそうとせずに、葛藤のなかで踏ん張る力や、「もっと良くできるのではないか」とひたすら考え続ける力を持っています。もがくこと自体は全く問題ではなく、むしろ特性であり、メリットです。
ただ、知らないが故に苦しんでいるのであれば、知ればいいだけです。食わず嫌いに理解しないまま苦しむのはもったいない。理解してもまた苦しみますが、苦しみ方の質が変わってくるのだと思います。

─ デザイナーとしてのご経験も豊富な大﨑さんだからこその説得力です。
スターとして世に出ている人は一部。それは技術の優劣というよりは、社会的にそう構造化されているからだと思います。それ自体はけっして悪くないし、なるべき人がなっているとも言えます。ただ、そうではない多くのデザイナーがいかに自分の価値を発揮しきれるかがすごく大事なんです。その多くのデザイナーが最低限でもビジネススキルを身につけると、社会全体のデザインが大幅に良くなると思っています。
ビジネス視点から自分を見ずに、デザインスキルだけを考えていると、漫然と劣等感を抱いてしまうんですよね。私もそうでした。自分がやっているデザインは、大したものではないかもしれないと。でも、社会から期待され役に立っているからこそデザイナーとして存在できている。まずは胸を張るべきだと思います。
─ ムサビで学ぶ学生にメッセージをお願いします。
デザインを構成している要素は本当に多様です。学生時代に、哲学や文化人類学といった学問で視野を広げる機会はたくさんありました。でもマーケティングや、会計とデザインの関係を学ぶ機会はほぼありませんでした。知っておけばよかったと思います。自分の作りたいものや成し遂げたいものをデザインするにあたっても、当然ビジネスを理解しなければならない時期が来ます。
粘り強く作ることやアウトプットの質を上げていくことと同時に、社会がどう回っていて、デザインがどう形作られているかを理解すること。この両軸を回すことが大切です。

「(学生時代は)感覚で生きてきてしまったなと。それもいいことではあるんですけどね(笑)。」と当時を振り返る大﨑さん。
─ 最後に、今後の展望を教えてください。
自分で考えて状況を動かしていく一方で、人の意見を取り入れて調和を取る。私がデザイナーとして得たものは技術というより、そういう振る舞いや考え方のほうかもしれません。デザインとビジネスが融合するという話をしましたが、デザイナーではない人に対しても、デザイナー的なスキルや振る舞いが有効だと信じています。だからこれからもデザインの考え方を伝えていく活動をしていきたいです。
そして、次に取り組みたいテーマはマネジメント分野へのデザインの活用です。事業や人をマネジメントすることに対しても、デザイン的なアプローチは広く有効なものだと思います。デザインとビジネス、そしてマネジメント。この三つが融合することで生まれる知見を突き詰めていきたいですね。
取材:細野由季恵(10学視/エディター・ディレクター)
ライタープロフィール
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。
好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。
撮影:いしかわ みちこ(10院デ写)