葛西 朋子(かさい・ともこ)
全国通訳案内士、トラベルデザイナー、早稲田大学エクステンションセンター講師
(1996年度 武蔵野美術大学造形学部 工業工芸デザイン学科 木工コース卒業)
1973年 千葉県香取市生まれ
1996年 武蔵野美術大学造形学部 工芸工業デザイン学科 木工コース卒業
1998年 東京学芸大学大学院 教育学研究科 美術教育学講座修了
1998年 都内公立学校にて美術講師として勤務
2000年 家族の海外赴任に伴いシンガポール共和国に3年間駐在。
その間、現地の美術館・博物館で日本語ボランティアガイドとして活動
2007年 NPO 法人TOKYO FREE GUIDE*にて英語ボランティアガイドとして活動
現在、英語の通訳ガイドとして、大型の団体ツアーだけでなく、プライベートツアー、国や企業のインセンティブツアーまで幅広く活躍中。また、早稲田大学公開講座で「英語によるボランティアガイド・ガイドスキル編」の講師を担当。
*TOKYO FREE GUIDE (TFG) は、外国人観光客向けのボランティアガイド団体。登録ガイド会員数は561名(2017年12月現在)で、対応言語は英語、スペイン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、韓国語、中国語など。ガイドになるには採用試験があり、コミュニケーション可能なレベルの語学力だけでなく、積極性やホスピタリティ精神などが求められる。
主な著書:『英語でボランティアガイド』(2017年 株式会社アルク)
【スライド写真について】
1 本人ポートレイト
2 三越伊勢丹旅行のラグジュアリーコーチ「プレミアムクルーザー」の前で。この日は和服でエスコート。
3 著書『英語でボランティアガイド』と実際のガイドの様子の記事「通訳案内士による外国人をおもてなし@築地」が掲載された『AERA English (2017 Autumn & Winter 号)』
4 JESU(日本eスポーツ連合)の記者会見で通訳を担当
5 アメリカからのゲストを京都の懐石料理店へご案内
ストーリー性のあるオリジナルな旅で日本の素晴らしさを伝えたい
−学生時代のエピソードは
木工専攻で、家具と漆の作品をつくっていました。木屑まみれで製作に追われる試練の日々で、4年間で卒業する大変さをつくづく感じていました。それでも若いうちにデザインを学び、「ものを見つめる目」「見つめるということの大切さや見つめ方の基礎」を身につけられたことは、今の自分にとって大きな糧となっています。
大学の外ではアングラ演劇に夢中でした。劇団の制作として下働きに入れ込み、下北沢の劇場や六本木の稽古場に毎日通っていました。また、当時ディズニーランドの近くに住んでいたこともあり、お小遣い稼ぎと経験のためにディズニーランドでトイレ掃除のアルバイトも。千葉と大学と下北沢と六本木を行ったり来たり、慢性の寝不足状態でした。
大学、大学院時代に創作した木工作品の漆の重箱とローチェア
−日本語ガイドを始めるようになったいきさつは
26歳のとき家族の都合でシンガポールへ引っ越し、3年間暮らしました。そこでボランティア精神が旺盛な周囲環境に刺激され、美術館の日本語ガイドのボランティアを始めたのです。大学院生時代とその後に、小・中学校の美術講師をしていたのですが、そのときの経験で培った「人前で話すスキル」「美術の知識」「コミュニケーション能力」が活かせる現場でした。幸いしっかりした団体組織に所属することができ、ガイドとしての深い知識を習得し、不得意だった英語も、四苦八苦の末、英文展示資料の解読ができるまでになっていきました。
あるとき思いつきで、ガイドの仕方をいつもよりユーモアを交えて、より突っ込んだやり方に変えてみたところ、お客様にとても気に入ってもらえたんです。「あなたはガイドに向いている。」この褒め言葉が、「将来の仕事につながるのでは」と思えたきっかけです。
−全国通訳案内士になったのは
帰国後も英語力を活かしたことがしたいと思い、TFG (TOKYO FREE GUIDE) に入会し、英語ボランティアガイドを始めました。海外からの観光客を対象に、観光地や街を英語で案内する活動です。宗教や習慣が異なる大勢のゲストと楽しい時間を共有していくうちに日本文化にも詳しくなり、世界中に友達ができるように。さらにもっと専門的に学びたくなり、結果、全国通訳案内士という国家資格を取るにいたりました。
通訳案内士になるには外国語ができるだけでなく、日本の地理・歴史・文化の知識や、礼節、マナーも兼ね備えていることが重要です。そして何より大切なのは、常に笑顔で人を楽しませたいと思うホスピタリティだと言えるでしょう。
横浜カップヌードルミュージアムにて。シンガポールの学生たちをガイド
−現在の仕事の内容は
英語での観光案内がほとんどで、旅行会社やホテル、派遣会社からの依頼に応じて、団体ツアーから個人のお客様まで、幅広く対応しています。フリーランスなので、自分のスケジュールを自由に組めるという利点がある一方、他人にバトンタッチできない大変さもあります。また、今は旅行会社と組んで「トラベルデザイナー」として、スーパーラグジュアリー(超富裕層)の顧客向けサービスの提供にも力を入れています。
ガイド以外では、大学の公開講座で教えたり、訪日外国人観光事業に携わる方々へコンサルティングや、高等学校でのキャリア教育のために講演をしたりしています。
−トラベルデザイナーとはなんですか
主にスーパーラグジュアリー層の顧客を対象に、一人一人のご要望に応じた旅行プランをカスタムメイドで企画・催行する仕事です。ガイドやエスコート業務だけでなく、臨機応変な心配りでもてなすコンシェルジュ的な役割も果たしています。こうしたハイレベルのゲストは本物志向が強く知的好奇心が旺盛なので、宿泊・食事・観光(体験)のどれを取っても、通り一辺倒の滞在プランでは満足していただけません。ゲストの多様な欲求を満たすコンテンツを一つ一つ探って行程をつくっていくという地道な作業は、アート作品をつくるプロセスと似ています。
日本の伝統文化を正しく紹介することで文化継承に貢献できるでしょうし、気に入ったものを購入していただくことは、日本製品の海外販路を拡げることにもなります。満足のいく滞在の結果、ますます日本を好きになってもらえれば、国際相互理解が促進され、ひいては世界平和へつながると信じています。
世界的に有名な寿司店「すきやばし次郎」の二郎さんと禎一さんと
−仕事で大切にしていることや仕事上のチャレンジは
「慣れ」を見せないこと。「初心」では頼りなく、でも経験者としての「慣れ」が見え過ぎてしまうと良くありません。最もチャレンジングなのは、いくら事前情報があったとしても、世界中のどのような方とご縁があるかは、実際にお会いするまでわからないという点です。毎回楽しみでもあり、とても緊張する瞬間でもあります。
−今後の展望は
好きな美術や木工に関連できるような企画、たとえば「漆工芸品のもととなる漆林を訪ねる旅」のように、美術工芸品の製作プロセスや文化・社会的背景も併せて紹介するツアーをつくっていきたいです。
また、生まれ故郷の千葉県香取市は歴史のある美しい街ですが、まだあまり知られていないので、外国人旅行者を自ら案内し、街の良さを知ってもらいたいと願っています。
コロンビア共和国の有名なテキスタイル作家Jorge Lizarazo氏を老舗である金井畳店にご案内
−ムサビで学ぶ学生へのメッセージ
「夢を諦めるな」ということに尽きます。往々にして「チャンスは脇からそっと差し出されるもの」です。それを好き嫌いのバリアを張らずに、まずはやってみればいいのです。やらないで後悔するくらいならやって失敗して謝ればいい、くらいの気概で。
− 編集後記
取材の最中にも次々と入ってくるゲストからのメールや電話を、葛西さんはてきぱきと手際よくかつ丁寧にこなしていた。通訳案内士は語学力だけでは成り立たず、瞬時の判断力やマルチタスクをこなす能力が必要という説明に、なるほどと納得できた。
「ニコニコしてがんばっていたら絶対捨てられないよ」という劇団の先輩からもらったアドバイスをもとに、「常に笑顔」が信条だそうだ。「笑顔」こそ、あらゆる言語を超える「幸せパワー」そのものなのだろう。
取材:大橋デイビッドソン邦子(05通デコミ/グラフィックデザイナー)
ライタープロフィール
名古屋市生まれ。1986年に早稲田大学政治経済学部卒業。NTTに8年間勤務し、広告宣伝や展示会、フィランソロピーを担当する。その後、米国ワシントンDC、パラグアイ、東京に移り住み、2006年に武蔵野美術大学造形学部通信教育課程デザイン情報学科コミュニュケーションデザインコースを卒業。2008年よりスミソニアン自然歴史博物館のグラッフィックデザイナーになり、現在も東京よりテレワーク中。NPO団体のデザインも手がける。
http://www.kunikodesign.com/