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HOME  > 卒業生インタビュー  > No.62 藤本 新子[草月流師範会理事]

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No.62 藤本 新子[草月流師範会理事]

藤本 新子(ふじもと・しんこ)
草月流師範会理事、雅号:藤本 遙染(ようせん)
(1997 年[1996年度]短期大学部通信教育部デザイン科ディスプレイコース卒業)
1941年生まれ、東京都出身、埼玉県在住。高校では華道部に所属。高校卒業後、三菱商事に入社し、会社の多種多様なクラブ活動に積極的に参加。3年目に華道の先生のアシスタントになったことを契機に、本格的にいけばなの道を歩み始める。60年間にわたり指導者としての実績を積みつつ、多数の作品を発表。草月展や社中展への出展や、ホテルニューオータニ、虎屋菓寮、新橋演舞場、中国料理店「聘珍樓」、箱根ホテル小涌園、表参道のディスプレイなど、数多く手がけた。2010年には、いけばなインターナショナルモスクワ支部からの招聘で、海外でのデモンストレーション・ワークショップを担当。現役活動中で、都内外の五つの教室で教えている。
書道、読書、音楽(鑑賞と楽器演奏)、ダンスなど、趣味は幅広い。著名な陶芸家加藤清之氏に師事し、作陶歴も30年。座右の書は遠藤周作著「沈黙」とエレナ・ポーター著「少女ポリアンナ」。

【スライド写真について】
1. 本人ポートレイト
2. 御家元(勅使河原茜先生)への感謝を込めて制作した作品。ロイヤルブルー、ホワイトゴールドは大好きな色
3. 前衛華道家の中川幸夫氏の目に留まった作品(草月展出展作品)
4. シンガポール産のファンパームと自作陶オブジェのレリーフ (草月展出展作品)
5. 最新作「吊り花」2022年6月(草月展出展作品)(90x90x200)

プロフィールを見る

いけばなから「広がる世界」に魅了されて

-いけばなの道を志すようになったきっかけは?

家の玄関にはいつも母のいけばなが飾られていたので、花をいけることはごく身近で自然な感じでした。それで、高校では華道部に入りましたが、花を持ち帰るだけであまり熱心ではなかったですね。高校卒業後に就職した三菱商事はクラブ活動が盛んで、華道部(草月流)をはじめたくさんの同好会に入りました。でも、書道や俳句は上達しないし、茶道はお道具を揃えたものの金銭的負担の重さに断念し、と長続きしませんでした。一方、草月流のモットーは「いつでも、どこでも、誰でも、どんな花材でも」。どんな花材でも大丈夫というのは給料の少なかった身にはありがたかったのです。また、個性を尊重し自由な表現を求めるという考え方にも惹かれて、とても楽しく練習していました。

「アシスタントに」と3年目に先生から声をかけられたことが大きなきっかけでした。実力を認められたと有頂天で引き受けたのです。ところが実は先生は草月界でも厳格なご指導として知られるお方。生徒から助手にかわると、一転して教えは非常に厳しくなり、徹底的に基礎を仕込まれ、ほめられることはない、今思えば修行のような道が続きました。多くの助手が去っていきましたが、「信じられるのはあなただけ」と言われてやめられませんでした。それからは地道な学びとともに、先生のアシスト、代講、自分のクラスでの指導や作品作りと、ずっといけばなに向き合って60年余りです。国内外の展示会への出展や、ホテルやレストランの屋内外でのディスプレイの制作も数多く行ってきました。
今でも三菱商事に月2回教えに行っています。同期の男性は全員リタイアしており、現役で働いているのは私だけ(笑)。他にも4カ所でクラスを持っていて、月の半分くらいは教えているという感じです。


野外インスタレーション 箱根ホテル小涌園庭園


自作陶花器を使ったデモンストレーション作品

– ムサビで学ぼうと思ったのはどうしてですか?

自分に自信をつけたかったからです。あの頃は劣等感と自信喪失に悩んでいました。そこで子育てもひと段落した50歳のときに奮起して、ムサビの通信制短大のデザイン科ディスプレイコースに挑戦することにしたのです。
学ぶことにハングリーな人々が全国から集まった40日間の真夏のスクーリングは、まさに、学ぶという熱い想いを共有した時間と空間であり、人生最高の得難い経験でした。ムサビでの学びはその後の全てに活かされているのですが、とりわけ、幅広い世代がスクーリングで同じことに没頭し、時間を共有する体験が私の原点になっています。最年長の私はクラスメートから「マミー」というニックネームで呼ばれていたのですよ(笑)。
しかし、体育や英語などの一般教養科目や次々と出される難しい課題をこなすのに徹夜もたびたびと、学業と仕事と家事に追われてかなりハードな毎日でした。卒業後も課題が再提出となる悪夢にうなされたくらいです。結局、英語の単位が取れず、在学限度の5年となり退学に。でもあきらめずに再入学し、猛勉強して翌年卒業できた時は本当に嬉しかったです。
故杉本貴志先生から「藤本さんは『閃いたものを制作する!』くらいの気持ちでいいですからね」と言われたこともいい思い出です。


卒業制作「エントランスディスプレイ」

– いけばなの魅力を教えてください

一言で言うと、いけばなから「広がる世界」です。すなわち、植物との出会い、人との出会いから始まり、想像と創造のキャッチボール、そしてスクラップ・アンド・ビルドを繰り返す果てしない、魅力ある世界です。花をいけ続けることが充実した毎日を生き続けることになっています。日に新たに、植物素材と対話しながら新空間を追求する「学び」の日々なのです。
植物から自然のエネルギーや安らぎを得られますし、造形というクリエイティブな部分があるので活性化されます。五感をバランスよく使い、体にいいので、高齢者にもおすすめしています。定年がなく一生続けられるのもいいですね(笑)。

– 良いいけばなというのはどういう作品でしょうか?

いけばなにはテキストに書かれている基本というのはありますが、結局のところ大事なのはテイストです。アートも同じですが、テイストには正解がないのでなんとでも言えてしまいます。でも、作品を観る基準としては、「基本がしっかりしているか」「個性、または新しさが感じられるか」「品格があるか」を大切にしています。もっとも、品格がなくてもパワーをたくさんもらえる素敵な作品もありますね。植物から得られる安らぎが作品に吸収されており、作品からエネルギーがもらえるというのが一番いいのでは。

– 草月流いけばなの「広がる世界」とは

草月流創始者の勅使河原蒼風先生は、戦後の花のない時期に石、鉄、巨木などを素材に前衛的な表現を追求する創作を行い、いけばなに新たな風をもたらしました。蒼風先生の作品「虚像」を初めて見たとき、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けました。それが草月を選んだ理由でもあります。
私自身はロサンゼルス在住で著名な現代美術家のリーガ・パング先生から15年間ほど教えを受け、造形の審美眼を学びました。また、陶芸家加藤清之氏に師事して多くの独創的な花器を作り、作品に使っています。ひとつのものを続けているとそれを達成するために必要なものが自ずとわかってきます。私の目標はいけばなの完成であって、そのために必要となる、造形の知識、書道、花器を作るための陶芸、外国人と会話するための語学など、学ばなければならないものが見えてきたので、いろいろなことに取り組んできました。そうした学びの広がりも魅力だと思っています。


リーガ・パング先生御指導のもと、竹と藤つるだけで作成した、お気に入りの作品「座れない椅子」(90x100x90)


花をいけている最中に落下して割れてしまった自作の花器を使った作品で、茜御家元から温かいコメントをいただいた。

– 今後の展望について
後継となる指導者の育成に取り組まなければと思っています。良い作品を作る生徒は大勢いますが、指導ができるかということになると、とても難しい。どんな生徒が来るかわかりませんし。教える上で気をつけているのは、作品の良いところを見つけ、いかすことです。茜御家元の言葉「いけばなは楽しいものよ」を肝に銘じています。


いけばな人生60余年をまとめた作品集。自分を振り返る良い機会になるとともに、出会った方々への感謝を山ほど実感した。表紙作品「ソテツオブジェ」

– いけばなをやろうとする人、ムサビで学ぶ学生や卒業生へのメッセージ

常にアンテナを張っていましょう。ヒントになる拾いものがどこかしらあるかもしれないから。上達することにもつながります。また、ポリアンナみたいに「すべてはいいことのためにあるよ(Everything happened for the best!)」と考えればいいのではないでしょうか。

編集後記:

「笑顔になれる」がモットーのいけばなクラスにお邪魔した。上級の生徒さん達の完成作品は、同じ花材なのに全く異なる仕上がりだった。選ぶ花器といけ方でこれほど違いが表れるとは、まさに、正解のない、無限に広がる世界なのだ。藤本さんのチャーミングで底抜けに明るいパーソナリティに接すると、誰もが温かい気持ちになる。しかし作品は大胆かつ繊細な表現と力強い躍動感が溢れていて圧倒された。創造に対するたゆまない向上心と地道で謙虚な学びが裏付けられている感じがした。

取材:大橋デイビッドソン邦子(05通デコミ/グラフィックデザイナー)
ライタープロフィール
名古屋市生まれ。1986年に早稲田大学政治経済学部卒業後、情報通信会社で企業広告、フィランソロピーを担当。その後、米国、パラグアイ、東京に移り住む。2006年に武蔵美通信コミュニケーショデザインコースを卒業後、再び渡米し、2008年よりスミソニアン自然歴史博物館でグラフィックデザインを担当。2015年より東京在住。現在、京都芸術大学大学院在学。
http://www.kunikodesign.com/

撮影:野崎 航正(09学映/写真コース)
撮影場所・協力:産経学園 吉祥寺校

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