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HOME  > 卒業生インタビュー  > No.35 久保田 翠 [NPO法人クリエイティブサポートレッツ理事長、障害福祉施設アルス・ノヴァ施設長]

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No.35 久保田 翠 [NPO法人クリエイティブサポートレッツ理事長、障害福祉施設アルス・ノヴァ施設長]

久保田 翠(くぼた・みどり)
NPO法人クリエイティブサポートレッツ理事長、障害福祉施設アルス・ノヴァ施設長
(1985年度 武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業)

1962年 神奈川県生まれ
1985年 武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業
1987年 東京藝術大学美術学部大学院環境デザイン科修了。地元の静岡市に戻り「環境・空間・デザイン・AMZ」を設立。
1994年 長女誕生をきっかけに父の経営する設計事務所に移籍し、のちに浜松へ移住。
1996年 重度の知的障害のある長男、たけし誕生。
1998年 静岡大学農学部非常勤講師(~2010)
2000年 「クリエイティブサポートレッツ」を設立し、2004年にNPO法人化。
2008年 「たけし文化センター事業」をスタートし、アートイベントや講座を通じてソーシャル・インクルージョン¹の実現を目指す。
2010年 通所型障害福祉施設「アルス・ノヴァ²」を設立。
2014年 障害のある人ない人、誰もが利用できる私設公民館「のヴぁ公民館」開設。
2018年 「表現未満、」実験室³事業他の活動により、平成29年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
2018年 浜松市中心市街地に「たけし文化センター連尺町」オープン。

¹ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂):障害者や経済的困窮者らを排除せずに社会の中で共存していこうという考えかた。
²アルス・ノヴァ:ラテン語で「新しい芸術」の意味。
³「表現未満、」実験室:1)誰かが熱心にとりくんでいること。2)それが、その人の生活や生き方に根ざしていること。3)特別な人の特別な行為ではなく、個人の生活文化であること。を「表現未満」と命名し、2017年1月から36日間にわたり浜松駅前で障害者と市民の交流を図るアートプロジェクトが展開された。

【スライド写真について】
1. 本人ポートレイト。背後の掲示板は、誰もが好きなように貼ったり飾ったり破いたりできる。
2. アルス・ノヴァ 外観および入り口
3. アルス・ノヴァ 1階室内の様子(ランチタイム)
4. 2階には寄付で集まった様々な楽器があり、利用者は自由に使うことができる。
5. 「表現未満、」実験室の報告書
Webサイト: http://cslets.net/

プロフィールを見る

障害者の「あるがまま」が社会を変えるチカラとなる

−学生時代と卒業後の仕事選びのエピソード

ムサビでは建築研究会に入り、好きな建築にのめり込みました。キャリアでの成功を目指す意識高い系のイケイケなタイプだったんですよ(笑)。その後、東京藝大大学院で環境デザインを学び、建物よりも景観づくりへの関心が高まりました。ただ、東京にいながら地方の知らない街のデザインをすることに抵抗があったこと、自分の好きな地元の街をデザインしたいと思ったことをきっかけに、静岡に帰ることにしたんです。そこで同じくムサビ卒の妹と会社を立ち上げ、まちづくりのコンサルティングや街並み・公共施設の環境デザインを手がけていきました。

−人生の転機となったのは

建築の仕事を一生続けようと志していたので、長女誕生後も一年間の育児休暇を経て、子育てと仕事の両立に励んでいました。人生の大転機は重度の知的障害を持った長男、たけし(現在22歳)の誕生です。預かってくれる保育園などはなく、仕事どころではありません。障害のある子どもがいるというだけで、子どもや家族、母親の人生の選択肢がとても狭くなってしまった。そして何よりも嫌だったのは、自分は普通に子育てをしたいのに、周囲からは「障害者の母親」と憐れまれたこと。社会から取り残されていくような焦燥感や孤立感に苦しみ、何もかも健常者中心につくられている社会の不公平さに怒りを覚え、何かしなければと掻き立てられていきました。
そこで、2000年に障害のある子どものお母さん7人と一緒に「クリエイティブサポートレッツ」を発足。障害のある子どもの居場所をつくれば母親も幸せになり、家族も安心して社会とつながることを考えていけるのではとの思いから、ボランティア団体として出発し、2004年にはNPO法人化しました。


お昼寝中のたけしさん。寝るときも容れ物と石はすぐそばにキープ

−現在のクリエイティブサポートレッツ(通称レッツ)の活動について教えてください

アートイベントや講座を通じて多様な価値観を認め合い、共生する社会の形成を目指す「たけし文化センター」事業と、障害者の社会的な地位向上を目指す「アルス・ノヴァ」事業、この二つの部門を柱にしています。
前者の構想は息子のある行動がきっかけでした。たけしは幼い頃から容れ物に石を入れて打ち鳴らすことが好きで、寝る時間以外は繰り返し行っています。この行為は学校や公共の場では問題行動と受け止められてしまうので困り果てていたのですが、ある人から「これはたけしくんにとって音楽のようなものなんだね」と言われ、はっとしました。石遊びは彼の自己表現だったのだと気付いたのです。
こうした「やりたいからやる」「ひたすらやり続ける」ことには人間の本質的な強いエネルギー、生きる力を感じます。既成概念を覆すことができる、これこそがアートであり文化だと思いました。たけしをはじめ重度の障害のある人たちの「やりたいことをやりきる熱意を全肯定し新たな文化創造の軸にする」ことをコンセプトに、2008年から実験事業として、アート展示会、パフォーマンス、講演会など様々な企画を展開し、福祉とアートの融合を図っています。
一方、「アルス・ノヴァ」は同じコンセプトに基づいて2010年に作られた障害福祉施設で、一日40名ぐらいの利用者がいます。生活介護や自立訓練、就労継続支援B型などのサービスのほか、障害のある子どもの「放課後等デイサービス」も行なっています。ここの特徴は、決まったカリキュラムや作業メニューが全くないこと。約20名のスタッフが一人ひとり本人のやりたいことを全面的に応援しています。


アルス・ノヴァでは利用者は好きなことをして過ごしている


放課後等デイサービスの部屋。壁も床もイキイキとした落書きがいっぱい

−今後の展望は

レッツの目標理念『ソーシャル・インクルージョン』の実現には、子どもの頃から「障害者がそばにいるという感覚」を養うことがとても大切です。その考え方に基づき、それなら重度の知的障害者の居場所を中心街に置いてしまおうという大胆な試みが、今年10月に浜松駅近くにオープンする「たけし文化センター連尺町」です。ここには音楽スタジオや図書館カフェをはじめ、重度障害者シェアハウスや一般のゲストハウスもあります。重度知的障害者の自立を目指した新しい暮らし方を発信していくと同時に、一般の来訪者が障害者との交流を通じて多様性に目覚め、人生やコミュ二ティを再考するための拠点にしたいと考えています。
障害者福祉がやらなければならないのは、「世の中にはこんなにも無駄があるという事実を示しつつ、でも無駄なものは実は無駄ではない。役に立たないことにも価値がある」ということを多くの人に発信していくことです。なぜなら知的障害者の存在自体が人々の価値観を変えるインパクトを持っていて、それは社会全体を動かすことにもつながるからです。


2016年から始まった「タイムトラベル100時間ツアー」はアルス・ノヴァに1日以上滞在し語り合う有料企画。レッツは「居場所づくり」と「アート」から活動が始まり、現在は「観光」と称して、障害者と健常者との交流を促す様々な企画を提供している

−福祉とアートのつながりについて

実は福祉とアートはとても相性が良く、レッツで働くスタッフのほとんどが芸術系大学出身者です。知的障害を持っている人が何を考えているのか、本当のところはわからない。偉くなりたいとか金儲けしたいという意志もなく、ただ自分の内から滲み出るものを表現している。その行為にはストレートな感情が満ちていて、いつも驚かされたり感動させられたりしています。誰にも評価されないことを粛々とやり続けるという点も芸術活動と似ており、彼ら自身や彼らの日常こそが、創造的でアートそのものなのだと言えるでしょう。
障害者福祉においては変わったものを面白いと捉え、わからないことをわからないまま受け止めることが大切です。これはアートにも共通する考え方なので、芸術系バックグラウンドのある人には馴染みやすいのではないでしょうか。私は美大で学び、この福祉の仕事をアート的な発想に近づけて考えることができたからこそ、ここまでやってこられたのだと思います。


アルス・ノヴァはアート作品や本やモノであふれている

−ムサビで学ぶ学生へのメッセージ

自分の好きなことをひたすら追求し続けること。せっかくムサビに行ったのだから、まともな人生が待っていると思わない方がいいです(笑)。また、気楽に福祉施設の仕事という選択肢を考えてもいいのではと思っています。今や100歳まで生きる時代――どう生きて、老い、終えるかは医療だけでは応じきれなくなっています。福祉は多様で答えが出ないからこそ、おもしろいのです。

−編集後記

覗き見に来た興味津々の男性。摩訶不思議なメロディの歌声。突然発せられる雄叫び。誰が利用者で誰がスタッフか区別がつかない、モノや本やアートにあふれた混沌とした空間。――こんなアルス・ノヴァの日常の中でインタビューは進行した。「重度の知的障害のある人の存在をありのままに見せて、『その人との関係をどう築いていきますか?』と社会に問いかけていく」というのがレッツのやり方だが、まさしく私もそう問われたのかもしれないと後から気づいた。確かに。ならばもっと彼らと一緒に時間を過ごして、自分の中の「凝り固まったつまらない価値観」なるものが揺さぶられるのを味わってみたくなった。

取材:大橋デイビッドソン邦子(05通デコミ/グラフィックデザイナー)
ライタープロフィール
名古屋市生まれ。1986年に早稲田大学政治経済学部卒業。NTTに8年間勤務し、広告宣伝や展示会、フィランソロピーを担当する。その後、米国ワシントンDC、パラグアイ、東京に移り住み、2006年に武蔵野美術大学造形学部通信教育課程デザイン情報学科コミュニュケーションデザインコースを卒業。2008年よりスミソニアン自然歴史博物館のグラッフィックデザイナーになり、現在も東京よりテレワーク中。NPO団体のデザインも手がける。
http://www.kunikodesign.com/

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