中江 和仁(なかえ・かずひと)
CMディレクター・映画監督
(2004年度 武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業)
1981年、滋賀県生まれ。2005年、武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業。東北新社を経て、2007年、サン・アドに入社。2015年に退社後、フリーに。2016年よりClub_A所属。
最近の主なCM作品に、ホットペッパーグルメの忘年会「警察」篇、グリコ ポッキー「何本分話そうかな デビュー」篇、パリミキ・メガネの三城「美しい国の、美しいめがね。」、森永乳業 蜜と雪「新感覚」篇、
しゃぶしゃぶ温野菜「もっとおいしく」篇、サントリー こくしぼり「勝手にアテレコ」篇など。
ムサビ在学中から短編映画の監督・脚本を手がけ、処女作『何も始まらなかった一日の終わりに』(2004年)は東京国際ファンタスティック映画祭出品、続く『Single』(2005年)でPFF(ぴあフィルムフェスティバル)観客賞を受賞している。ほかの作品に、『Stringphone』(2008年/ADFESTアジア・オセアニア広告祭 Fabulous4短編映画部門グランプリ受賞)、『蒼い手』(2011年/サンフランシスコ短編映画祭グランプリ受賞など)、『パーマネント ランド』(2012年/バンクーバー国際映画祭出品)。
2018年1月、初の長編映画となる『嘘を愛する女』が公開された。
HP:http://club-a.aoi-pro.co.jp/creators/?id=22
【スライド写真について】
1. 映画『嘘を愛する女』DVDジャケット。第1回TSUTAYA CREATOR’S PROGRAM FILMでグランプリを受賞し、制作された。発売・販売元:東宝株式会社 ©2018「嘘を愛する女」製作委員会
2. 映画『嘘を愛する女』イメージカット。©2018「嘘を愛する女」製作委員会
3. 短編映画『パーマネント ランド』のワンシーン。©2012 VIPO
4. 2008年のADFESTアジア・オセアニア広告祭 Fabulous4短編映画部門にて、短編映画『Stringphone』がグランプリ受賞
5. 本人ポートレート
学生時代から自主映画を制作。CMディレクターから、目標だった映画監督へ
−ムサビを選んだ理由は
美大受験のために通っていたアトリエに『広告批評』という雑誌が置いてあって、そこで石井克人さんの経歴を知ったんです。石井さんはムサビの視覚伝達デザイン学科を卒業後、東北新社に入社して、最初はCMを、のちに映画『鮫肌男と桃尻女』や『PARTY7』を撮っていた。CMの監督が映画も撮る、それが他の純粋たる映画畑の人よりカッコ良く見えたんですよね。それでムサビの視デから東北新社というルートを目指したんですが、視デは落ちて、映像学科に入学しました(笑)。
印象に残っている授業は、当時講師をされていた石茂雄さん(現客員教授)の「イメージエフェクト」です。最近だとNHKスペシャル『驚異の小宇宙・人体』シリーズのタイトル映像を撮られている方なのですが、編集についての論理と実践的なテクニックを教わり、後年とても役に立ちました。
僕は純粋に映画をやりたくて入学したので、在学中から短編を撮っていました。卒業制作の『single』でPFF(ぴあフィルムフェスティバル)観客賞を受賞したのは、本当に嬉しかったですね。
卒業制作『single』は、バンクーバー国際映画祭(写真)やシネマ・デジタル・ソウルに出品された。
−卒業後はルートどおり、東北新社に
実はアルバイトで。制作部で働いていたのですが、希望の演出部には移れないようだったので、1年後にサン・アドに移り、制作としてさらに1年バイトをした後、プランナーとして正式に入社しました。
サン・アドには当時、佐倉康彦さんという90年代を代表するクリエイティブ・ディレクターがいて、大学時代の短編や企画をせっせと持参しては見ていただいたんです。それが良かったのか、わりとすぐにCMディレクターとしてのキャリアがスタートしました。
−CMと映画、どのような相違点がありますか
自分の中では分けて考えてはいないのですが……。学生時代から映画を撮っているからか、CMでも物語性を要求されることが多いんです。そこで、映画と同じく役柄のバックグラウンド─父親の職業や、母親の性格、家族の家訓など─を書いて役者に渡しています。そういう拠り所がないと演じにくいだろうし、楽しくないかなと。演出というのは、現場以前から始まっていますから。
あとCMって、コンピュータ上の本編集で画の質を上げたり、CGや別撮りした素材の合成をしたりするのですが、そのときに光の回り込みや反射、ツヤの出し方が下手だと合成がバレバレになってしまう。でも、美大受験のために2年半必死でデッサンをやっていたおかげで、質の上げ方がわかるんですね。デッサン力は仕事で本当に役立っています。
−初の商業長編映画『嘘を愛した女』は、第1回TSUTAYA CREATOR’S PROGRAM FILMで全474企画の中からグランプリに選ばれ、制作が決まった作品ですね。苦労されたことは
ストーリーの骨子となる「医者を名乗る内縁の夫が倒れ、妻が調べてみると夫の経歴がすべて嘘だった」という話は、実際にそういう事件があったんです。高校時代に辻仁成さんのエッセイで読んで、すごく興味が募って、大学入学後も国会図書館で古い新聞記事を読み返したりしていた。その事件をもとに脚本を書き、TSUTAYAのコンペに企画を提出しました。
企画の段階では『嘘を寝た女』というタイトルで、グランプリ受賞者に与えられる5,000万円の製作費で撮る予定でした。しかし企画を進めるうち、東宝と組んで280館近い映画館で上映することが決まり、個人的な世界観の強い小品から、もっと広い層に受け入れてもらえるエンタテインメント作品に移行せねばならなくなった。自分の好きなようには撮れないという状況がジレンマでもあり、大きな学びにもなりました。
『嘘を愛する女』の台本
『嘘を愛する女』の絵コンテ
−仕事で大事にしていることは
嘘をつかないこと。役者なりベテランのスタッフなり、僕の何倍もキャリアがある人たちに自分を大きく見せようとしたところで、一瞬で見抜かれます。だから、わからないときは正直にわからないと言おうと。そうやって信頼関係を構築するようにしています。
−今後の展望は
何年かに1本は映画を撮りたいですね。できれば2014年に公開した短編映画『パーマネント ランド』のような、自分のスタイルや嗜好をきっちり反映できた作品を。そのため、いまも日々脚本は書いています。
「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」における製作実施研修により完成した短編映画『パーマネント ランド』。与えられる予算は1,500万円だが、中江さんによれば「一般公開のような資金回収を目的とせず、“育成”という言葉が示すとおり、自分の嗜好を心おきなく反映した作品が撮れる」とのこと。2013年のニューポート・ビーチ映画祭にも出品された。
−ムサビで学ぶ学生にメッセージを
セルフプロデュース力って、売れるために大切だと思うんです。デッサンが上手いとかいい画が撮れるという技術面だけでは足りなくて、仕事仲間やクライアントに対する現場を心地良くさせる社交性も必要かなと思いますね。
あとは、自分の夢や目標に向かって進むとき、「この人に聞けば道が開ける」という嗅覚を持つこと。チャンスが来たときに逃さないように準備をしておくのがとても大事なんですよ。残念ながらこういうことは大学では教えてくれないので、「日ごろから意識して、自力でなんとかせい!」(笑)と後輩には伝えたいです。
− 編集後記
短編映画『パーマネント ランド』で描かれた市井の人々の素朴な生活、静謐な哀しみには非常に心が動かされました。CMディレクターとして着実に成長しつつ、一方で目標だった映画の世界にもコツコツとチャレンジをして到達した現在。次回作が本当に楽しみです。
取材:堀 香織(92学油/フリーランスライター兼編集者)
ライタープロフィール
鎌倉市在住のライター兼編集者。石川県金沢市生まれ。雑誌『SWITCH』の編集者を経てフリーに。人生観や人となりを掘り下げたインタビュー原稿を得意とする。毎月、雑誌『Forbes JAPAN』で執筆中。ブックライティングの近著に映画監督 是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』『世界といまを考える(全3巻)』、横井謙太郎・清水良輔共著『アトピーが治った。』、落語家・少年院篤志面接委員 桂才賀『もう一度、子供を叱れない大人たちへ』など。
https://note.mu/holykaoru/n/ne43d62555801