須藤靖典(すとう・やすのり)
日本工芸会正会員・福島県美術家連盟・会津工芸新生会所属
福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センター専門員
(1978年度 武蔵野美術大学造形学部 芸能デザイン学科(現・空デ)卒業)
大学卒業後、県立会津工業高校の美術・工芸の教諭として勤務。その後、福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センターにて、漆の研究・開発業務に長年携わる。現在は、カトリックに関連するモチーフを取り入れた「信仰」と「漆」をキーワードに「ものづくり」を続けている。
1992年 第33回伝統工芸新作展「東京都教育委員会賞」受賞
1998年 第39回伝統工芸新作展朝日新聞社賞受賞
2016年 第34回日本伝統漆芸展MOA美術館賞受賞
ーーーー平成28年度東北経済産業局局長賞受賞
2019年 第36回日本伝統漆芸展熊本県伝統工芸館長賞受賞
【スライド写真について】
1 本人ポートレート
2 小祭壇と聖杯(カリス)・パテナ
聖杯の上には、パンを載せる皿が乗っている。小祭壇は、日本で言う厨子。
3 「蒔絵展」―仰を支える漆、そしてその魅力― (東京妙案ギャラリー)
今回は「信仰を支える漆、そしてその魅力」というテーマのもと、祈りや司式・典礼の道具などカトリックに関連するモチーフを、会津塗の伝統的な蒔絵や材料を用いて「信仰」と「漆」をキーワードに制作。
4 乾漆蒔絵聖餅箱「豊穣」/MOA美術館賞受賞作品
カトリックの儀式で使われる聖餅箱。松ぼっくり、ソテツ、ザクロ、ナツメヤシなど、カトリックと繋がりのあるモチーフが取り入れられている。
会津漆器を盛り上げていきたい。漆産業の可能性と、人づくりに力を注ぐ。
−学生時代、卒業してからの経緯は
学生時代には、自主的に5~6名ほどで漆の会というのをつくり、夏休みになると会津塗の産地で勉強会を開いて、毎年作品づくりをしていました。大学を卒業するとき地元の高校から教員にならないかと誘われ、親の薦めもあり、県立会津工業高校の美術・工芸の教師になりました。非常勤講師から始めて5年間ほど勤務しましたが、高校の組織編成で工芸科がなくなってしまい、地元の産業である繊維、焼物、漆といった工芸に特化した教育を守りたいという思いも叶わなくなってしまいました。そのとき今の職場(会津若松技術支援センター)に誘われたことがきっかけで、会津漆器に係わる漆の研究・開発の仕事に携わることになりました。
−漆の研究成果は
漆はもともと建築部材にも使われていますが、乾燥に時間がかかってしまうため工業用製品に応用するのが難しかったんです。なんとか今の住宅環境に取り入れることはできないかと研究開発に取り組み、ある研究者の方との出会いがきっかけで、漆にUV(ウルトラバイオレット)を取り入れることにしました。UVと漆の相性を試行錯誤し、速乾性のある漆塗料を開発。これはセキスイハイムや住友林業にも採用され、住宅の床の間として採用されました。また、漆本来の性質を生かした酵素重合漆という画期的な漆の開発にも諸先輩のご助力を受け、実用化しました。これは100%の本漆でありながら、現場で施工できるほどの速乾性をもっており、住宅の内装はもちろん、お神輿などの修復現場でも使用できるようになりました。最近は取引する企業も増えてきています。これまでのように漆器だけを扱うわけではないので、新しい漆の可能性と機能性そして、伝統をアピールすることが必要になってきていると感じています。
蒔絵漆箱「逢」
飾箱。波が出逢っているのを表現している。 平文(ひょうもん)金銀などの薄板を文様に切って漆面に貼り、漆で塗り埋めてから、その部分を研ぎ出すなどして文様を表す技法と、研出蒔絵を併用したもの。黒い部分は砂糖炭が用いられ、艶のある仕上がりになっている。
−美術、デザインの力とは
希望です!楽しさと期待。今までのイメージを覆すことができるデザインの力。デザインは表面的なものだけでなく、技術の力、性能を把握することも大切で、そうでなければ優しいものづくりが出来ません。これからは、益々、デザインと機能、材料の特徴を使いこなしていくことが重要な時代になると思います。
乾漆消金地葡萄文蒔絵聖水盤
聖水盤は、水に指先を入れ、十字を切って祈る際に使うもの。そして、洗礼式にも使えるものとして、制作。消金の技法は「上色」と「常色」と色合いを変えて真綿でぼかし、盤の淵は針目でエンボスがつけられている。
−仕事で一番大切にしていること
自分の作品づくりより、産地のことを優先して考えている。一般的に産地は新しいものには懐疑的ですが、新しいものと古いものを交互に取り入れていくことが時代遅れにならず、地元の産業を守っていけることだと考えています。漆器をやっている人たちの生業を守り、産業の伸びしろをつくっていくため、漆の活用を考えながら、関係団体や地元の方々から信頼してもらえるよう努力を続けています。会津の漆とその魅力を後世に残すための人材育成にも力をいれ、人づくりをし、会津漆器のブランドを高めていきたいです。地元愛が、地域の力となり、産業と1つになっていくことを何より大切にしています。
今、400年続いてきたものづくりの技術が消えつつあります。それを保存して次の世代に繋げていこうと「会津塗技術保存会」が立ち上がり、漆器を志す若い人に継承できるような組織作りができることを期待しています。新しい可能性に挑戦していきながら、会津漆器をもっとPRしていきたいです。
プラーク
歳を重ねるにつれ身のまわりで見る様々な出来事、思いをテーマにすることが多くなってきた。これは、カトリックをテーマに、教会の窓、ステンドグラスをイメージしたプラーク(壁掛け)。
− 編集後記
蒔絵の個展会場での取材でした。須藤さんはクリスチャンであることから、会津塗の伝統的な蒔絵や材料を用いて祈りや司式・典礼に使用する「聖具」、カトリックに関するモチーフも取り入れていて、神聖な気持ちになる空間でした。日本にカトリックが入ってきたときに、宣教師がつくった「南蛮漆器」とよばれる工芸品。「当時はキリスト教にどうしたら興味をもってもらえるかと考えていたと思います。見た人が、わぁ!と思ってもらえるものを私自身もつくっていきたいです」と語っていただきました。