南 志保(みなみ・しほ)
立体集団ガリネル 主宰/セットデザイナー
(1995年[1994年度] 武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業)
1971年、福岡県生まれ。武蔵野美術大学建築学科を卒業後、コンサートのセットデザイナーとしてキャリアをスタート。舞台にあるカラクリ、仮設だからこそのエネルギーに惹かれ、日常のそこかしこにもそれらを仕掛けたいと考えるようになる。
2015年より立体集団ガリネルを主宰。私立恵比寿中学、ももいろクローバーZなどの大規模な舞台美術から、大手百貨店のディスプレイデザイン、パッケージデザイン、ビデオアートのほか、アーティストとの共同制作など幅広く活躍。ひとつの枠組みに捉われることなく、多岐にわたる分野で立体や空間を手掛ける。
1995年 武蔵野美術大学造形学部建築学科 卒業
2008年 文化庁メディア芸術祭 審査委員会推薦作品 受賞
2015年 株式会社ガリネル 設立
【スライド写真について】
1.本人ポートレイト
2.「EBICHU Keikiiii tour」Stage Set Design 2016 Notional Tour
3.「GOLITE Launch Project」Window Display 2019 Tokyo
4.「Mitsukoshi Isetan JAPAN SENSES」x Kahori Maki Window Display 2017 Tokyo
5.「Sense of Wonder」x Kahori Maki Papersculpture 2018 LA
舞台で起こる「現象」に出逢う。
歌い手が心から“歌いたくなる”ステージをデザインする。
−セットデザイナーを志したきっかけは
美術やデザインに興味を持ったのは、中学生のころ、ムサビの通信を卒業した母の影響が大きかったですね。あるとき母の本棚で見つけた、イスの形と人の体の関係について書かれたデザインの本を見たとき、すごく衝撃を受けて。そのときからデザインというものに惹かれて、自分もそれに関わる仕事に就いてみたいと思うようになりました。
一方で、当時一世を風靡していた歌手の中森明菜さんにとても惚れ込んでいて、「この人と一緒に仕事がしたい!」という夢を明確に思い描いていました。私はグラフィックもファッションもあまり得意ではなかったけれど、漠然と“立体”というものには興味がありました。そしてそれなら“ステージをつくる人”になろうと、中学2年生のときに決めました。
建築学科に進んだのは、「舞台をつくる仕事がしたいなら、より大きなスケールの建築空間から学ぶべき」という母のアドバイスがきっかけです。福岡出身ということもあって、“花の都・東京 ”、“ムサビ”で学ぶことに憧れも強かった。でも建築やアートのことをまったく知らずに入学してしまったために、学生時代は劣等感ばかり感じていましたね。
南さんのアトリエ。この空間からたくさんのアイデアが生み出されていく。
−中学生のころから夢見た世界へ
建築学科で学びながらも、舞台の仕事に就きたいという思いはずっと変わりませんでした。中森さんのセットデザイナーになる 。その一心で、卒業後はすぐに舞台美術製作会社に入社しました。けれど就職して間もない時期に父が体調を崩し、福岡の実家で過ごすことに。その間も会社の方々のサポートがあって、東京と福岡を行ったりきたりしながら仕事を続けていました。
そんな日々のなか、少しずつ、少しずつ夢の実現が近づいてきました。ついに中森さんのセットをデザインする機会をいただいたんです。そのときばかりは2、3ヶ月東京に滞在することになりましたが、福岡の父もあたたかく送り出してくれて。本当に周囲の方々に恵まれていたと思いますし、感謝の気持ちも大きかったです。
書棚にはデザインやアート関係の書籍が並ぶ。
−夢が叶ったとき、どんな気持ちでしたか
いよいよプレゼンの日、あふれんばかりのアイデア 「このタイミングで幕が上がる」「こういう風にシーンが変わる」といったプランを綿密にデザイン画に書き込んで、マネージャーの方を介して想いの丈を伝えました。私は直接お会いできなかったのですが、それを見た瞬間、彼女はすぐにOKを出してくれたそう。それを聞いたときは本当に嬉しかったです。
そして夢が叶ったその日。中学生の頃から一心に追いかけてきた夢、私がデザインしたステージに彼女が初めて立つというゲネプロ(本番直前の通し稽古)の日に、福岡で父が旅立ちました。なんとも言えない気持ちでいっぱいでしたね。
数日後にそのステージの本番に立ち会いましたが、不思議な感覚でした。悲しさや喜び、いろんな感情が一挙に押し寄せてきて、どこか虚無感にも近かったのかもしれません。
でも、コンサートが終わったあとにご本人とお話させていただいて、「このステージ、大好きなんです。イメージどおりでした。」と言ってもらえたときは、すごく嬉しかったです。
本当に大きくて劇的な出来事が、不思議と重なった時期でした。
アトリエには、共同制作をしているグラフィックアーティスト・牧かほりさんとの作品が並ぶ。
−仕事を続けるなかでの葛藤は
その後の3年間、彼女のセットデザインを任せてもらうことができました。信頼を得て仕事ができるということに充実感もありましたが、一方で「誰かのためにありたい」、「誰かの期待に応えたい」という気持ちが優先になり、“自分が本当に良いと思うもの”を提案できていないんじゃないか?という疑問を抱き始めたんです。“良いと思うもの”がぼやけていくのを感じていました。
どんな仕事をしていても、自らの職業・やりたいこと・得意なこと、というのがうまく噛み合わないことはあるんでしょうけれど、私の葛藤も、まさにそのことから生まれていたのかなと思います。すべて思い通りにやりたいということではなくて、“自分が最高だと思うもの”を形にして提供できる強さへとシフトしていかなければ、ついつい「いい人」で終わってしまうなと。
その頃には忙しさもピークになり、気遣いばかりが多く心身ともにクタクタで。すべてが嫌になって、仕事を続けられなくなりました。
実はしばらくステージの仕事から離れた時期もあったんです。いろんなものをリセットしようとヨーロッパを旅したり、ずっとやってみたかったアルバイトをやったりと、数年間、デザインからもアートからも距離を置いていました。そして色んな出会いや体験を経て、「なにか自分に看板を立てたい」、「やっぱり自分がやりたいことはこれなんだ」という気持ちが重なって、現在の会社を立ち上げました。
けれど今度は、自分を強く持たなくては、自分らしくいなくては、といった以前とはまたちょっと違う鎧みたいなものを着てしまっていた時期があります。
−我を貫かなければいけない、という鎧ですね
そうです。でもそれが本当につい最近、剥がれたという実感があったんです。今は本当に、「できること、ワクワクすることをやっていればいいんだ!」と思えるようになりました。
−ステージセットをデザインする醍醐味とは
たくさんのスタッフが関わるなかで、より良い方へ臨機応変に発想を展開していく姿勢はいつもベースにあります。
そして私がコンサートのセットをデザインする上で最も大切にしているのは、「歌い手が心から“歌いたくなる”舞台をつくる」ということ。歌い手自身が「こんな素晴らしい背景を背負って歌うことができるんだ」と感じてくれたら、その想いや自信は必ず観客に伝わって、イメージをはるかに超えた “現象”が巻き起こる。舞台にはそういう力があります。
私がセットデザインしたステージでその“現象”を目の当たりにするときのワクワク感…、これは何にも代えがたいものです。
かつて作品として制作されたという木箱。現在はアトリエの道具箱として活用されている。
−夢を叶えるために大切なこと
「決める」ことだと思います。私が一人の歌い手に惚れ込んで夢を想い描いたとき、私はすでに「そうなる人」になっていました。自分が日本人であることや、父と母の娘であること、そういう変えられない宿命のように、「なりたい」と思うより「自分はそれをやる人になる」と決めること。そういった揺るがない決心を宿していること、そして宿すことのできるものを探し続けることが、大切なのではと思います。
−今後やってみたいこと、始めてみたいことを教えてください
舞台はその形のままとどめておくことができない、儚いもの、現象のようなものです。そのことにフォーカスして、人の心の根底に響く、意識下にあるものを呼び起こさせるような、見たことのない舞台をつくってみたいと思っています。
また、自分の職業や、デザインやアートといった境界を取り払ったとき、自分はいったい何をつくりたいんだろう?そういったことを最近は考えていますね。
− 編集後記
子どものときに思い描いた夢を実現してなお、自分の職業に対しさまざまな葛藤があったことを南さんは語ってくださった。幸いにもこのインタビューは、南さんが良い転換期を迎えられた時期に行うことができた。時折はにかみながら、ご自身のことを真っ直ぐにお話される姿には、「自分を持つこと」と「人を幸せにすること」の狭間で悩みながらも、その両方を紡ぎ合わせ、真心こめて仕事をしてきた人柄が現れていたように思う。きっとこれからも、たくさんの南さんの“ワクワク”が、世界の人を魅了することだろう。
取材:山口 知(15学芸/建築士事務所勤務)
ライタープロフィール
1991年、愛知県生まれ。2016年に武蔵野美術大学芸術文化学科卒業後、同研究室にて教務補助員として勤務。その後は京都の宿泊事業の企画運営や、フリーランスでの製本やブックデザイン活動など。現在は安部良アトリエ一級建築士事務所勤務(https://aberyo.com)。アート・デザイン・建築・記憶・福祉・本・ナラティヴといったテーマを中心に、多領域型の人生をいかに面白くするかを考えている。
撮影:野崎 航正(09学映/写真コース)