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HOME  > 卒業生インタビュー  > No.52 藤原 成曉 [(株)一級建築士事務所 藤原成曉設計室 代表取締役/ものつくり大学 名誉教授・特別客員教授]

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No.52 藤原 成曉 [(株)一級建築士事務所 藤原成曉設計室 代表取締役/ものつくり大学 名誉教授・特別客員教授]

藤原 成曉(ふじわら・なりあき)
(株)一級建築士事務所 藤原成曉設計室 代表取締役
ものつくり大学 名誉教授・特別客員教授

(1978年[1977年度] 武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業)

1953年、東京都生まれ。1978年、武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。奥野建築設計事務所を経て1981年、鬼頭梓建築設計事務所に入社。1990年、一級建築士事務所藤原成曉設計室を設立。図書館、病院、事務所、共同/個人住宅と幅広く手掛ける。自身で設計した自宅は「とんねるずの生ダラ!!」(日テレ)をはじめ、多数のTVや雑誌で紹介された。教えることにも関心が高く、日本工学院専門学校の非常勤講師も勤める。2006年、ものつくり大学助教授に就任し、教授を経て現在は名誉教授、特別客員教授。画家としても活動中で、2006年、手を動かすことの楽しさ・大切さを推進する「歩く・見る・描く・デザインする~スケッチで脳を触発しよう」を出版。スケッチ歴は長く、2013年、みんなが選ぶ第2回東京の近代建築スケッチ公募展賞を受賞。
Webサイト:https://nf-adr.co.jp/

【スライド写真について】
1.本人ポートレイト
2.「大原の家」(左:昼間外観、右:夜景):ファサード/全面開放可能な門扉と弧を描く屋根と木製手摺で構成:㈱SS齋藤潔
3.「平川病院老人病棟デイルーム」:デイルーム/家の延長として、特に和の感覚で設える。:㈱SS末廣久詔
4.ものつくり大学通信の表紙絵を担当。大学のある行田市の風景をコメント付きで綴った。
5.「秋景―晩香盧―」:みんなが選ぶ第2回東京の近代建築スケッチ公募展賞受賞作品(2013)

プロフィールを見る

建築は人間学。すべてが建築につながる

− 建築家の道を選んだ理由は

実は挫折のたまものなのです。高校は野球がしたくて日本大学第二高等学校に入りましたが、監督と相性が合わず中途で断念。それで、もともと絵が好きだったので、友人と山歩き&スケッチをするようになりました。ある時、公募展で入賞し、審査のアルバイトをするうちに、画家になりたいという思いが募って芸術系大学の油絵学科を受験しましたが、結果は不合格。父とは「浪人したら建築にいく」という約束だったので、やむなく方向転換を。でも、「art & architecture (美術の中に建築がある)」というヨーロッパの建築観に共感していたため、工学部の建築学科ではなく、ムサビの建築学科を選びました。

−ムサビ時代に出会った生き方を変えた出来事とは

入学後ほどなくして、建設関係を営む父の会社が行き詰まり、その後処理やアルバイトで大学に行けない事態に直面。退学も頭をよぎりましたが、武蔵野美術大学の奨学金をいただきながら最低限の単位を取り、なんとか卒業まで凌ぎました。

そんな苦境の中、心打たれたのは民俗学の宮本常一先生の授業です。「すべてはロングランだ。決して焦って結論を求めるな。コツコツが勝つ秘訣だ」という言葉に大いに励まされました。また、当時、建築専攻でいいのかと迷っていましたが、先生の持論である「歩け、自分の目で見よ、何事も自分の足で稼いで自分の目で見て確かめることが大切」という教えに感化され、建築物を見歩き始めたのです。

そうして出会ったのが鬼頭梓氏設計の山口県立山口図書館です。これまで見た建物とは全く違うものを感じ、人生のターニングポイントとも言える出来事でした。同氏設計の他の建造物も見て、全てから共通して受ける「優しさと品格」に感銘し、初めて本気で建築を学ぼうという気になったのです。卒業制作のテーマに図書館の設計を選び、卒業後は鬼頭氏のもとで仕事することを目指しました。

−大学卒業後の進路

ところが、あいにく第二次石油ショックの就職難と重なり、少数体制の鬼頭事務所は採用がなく、他の設計事務所に就職することになりました。そこでの仕事は多忙極まり、肉体的に疲弊しつつも、精神的には満足できない毎日の連続。もっと創造的なことがしたいという渇望感から、宮本先生が主宰する日本観光文化研究所(観文研)へ出入りするようになったのです。そこに集まる人々の日本全国の旅話は興味深く、応じる先生の幅広い知識に驚嘆し、週1回通って精神的飢えを充足していました。
3年後にようやく鬼頭事務所に入ることができ、オフィスビル、袋井市の市立図書館、集合住宅を担当しました。9年間務めた後、1990年に独立し、これまでに、病院、個人・集合住宅、会社の独身寮などを設計・監理しました。


鬼頭事務所で担当した「袋井市立図書館」(静岡県)は1988年に竣工。スケッチノートには詳細な描写が残されていた

−仕事の上で大切にしていることは

信頼関係、それに尽きます。クライアント・設計者・施工者の三位一体がうまく機能し、担当者同士の信頼感がなければ良い建築はできません。恩師鬼頭先生は師である前川國男氏の「建築家の仕事は頼まれてやるものだ」という言葉を受け継ぎ、「頭を下げて営業活動をしない」という姿勢を貫きました。頼まれてやる仕事というのは、頼みたいクライアントと応えたい建築家の信頼関係が基本なのです。もっとも、頼まれるのをただ待つのは、仕事が来ないリスクもあるのですが(笑)。
建築は経済行為でもありますが、文化・芸術的な要素が多く、人の生活に密着している、まさに人間学だと思うのです。ものの向こうに人が見える建築、人に寄り添ったやさしい建築を、模索し続けています。


「北九州の家」:LD室から和室を見る。吹抜をもつワンルーム空間:㈱一整

−教鞭をとった「ものつくり大学」とは

ものづくりの精神を重んじ、知ること(理論)と行うこと(実戦)の両者が一体の「知行合一」の教育を目指して、2001年に埼玉県行田市に設立された実習重視の大学です。学生との交流が好きで、同大学の独自性に惹かれたので、教員募集に応募して、2006年に建設学科の助教授として採用されました。
2011年に「世界を変えたモノに学ぶ」プロジェクトの一環として、ル・コルビュジェの終の棲家「カップ・マルタンの休暇小屋」の復元に取り組みました。教員と学生16名で渡仏し現地の実測調査を行い、1年8ヶ月かかって学生たちの手でキャンパス内に原寸のレプリカを建設したのです。ネジ1つから照明、家具、壁画に至るまで詳細に再現されており、一般公開もされています。


ものつくり大学キャンパス内にある「カップ・マルタンの休暇小屋」のレプリカ。建設・製造両学科の学生による共同制作、学長特別賞を受賞

−著書「歩く・見る・描く・デザインする」で推奨するスケッチノートとは

恩師保坂陽一郎先生から「身の丈ほどにスケッチを重ねよ」と教えられ、建築物のスケッチから始めて半世紀近くになります。ノートは白紙で掌におさまるB6サイズにこだわり、ページを打ち、目次を作り、しおりやとじ紐も手作りです。持ち歩きを心がけ、筆記・彩色用具はそのときあるものを使います。描画や文章だけでなく、切符やパンフレット、箸袋などを貼り付けるという、極めて自由に綴るスケッチノートです。感じたままに躊躇なく素直な心で手を動かして、指先からアウトプットすることはとても大事。なぜなら「手は第二の脳」とも言われますから。


スケッチノートはすでに身の丈を超えるほどの冊数に達した。「つくり手に必要な感性を磨くには、手を動かし、スケッチすることが一番だと思う」とのこと

−ムサビ学生へのメッセージ

環境工学の授業「植生及び植栽」のノートは今でも大切にとってあります。人間と地球が共存共栄していくための基本理論は時代を先駆けた内容でした。先生のお人柄にも惹かれていたので、社会人になってからも、わからないことがあると訪ねるようになり親交はより深まりました。
卒業してから学びをもらうことや、講義で聞いたことが後々ふと蘇ることもあるので、学習は4年間だけではなく、卒業してからも続くと長い目で見た方がよいのでは。20代までに吸収した知識や出会いはそれ以降に必ず活きてきます。
また、今の時代、誰もがスマホに頼り切っていて、その便利さの裏の落とし穴に気づきにくい。建物をスマホ画面で見るだけで行った気になり、結局行かずにおしまい。それは大変まずいことなので、ぜひ足を運んで本物を見て欲しいですね。


「環境工学、植生及び植栽」の授業のノート

− 編集後記

お邪魔したお宅は、建築的な機能性や美しさは言うまでもないが、お話と同じくらい興味をそそられるものがたくさんあった。階段脇の棚にはスケッチノートがぎっしり並び、膨大な思い出の記録の宝庫だ。壁には自作の絵画だけでなく自作の書も飾られ、それぞれに逸話がある。3つの仕事場には書籍や道具類や素材などが所狭しと置かれ、次なるプロジェクトを待っていた。ロフトに続く隠れ家的バルコニーで味わう夕涼みのビールは最高らしい。工夫と遊び心が満載の魅力的な空間には、藤原さんのたゆみない好奇心と温かいパーソナリティが滲み出ていた。

取材:大橋デイビッドソン邦子(05通デコミ/グラフィックデザイナー)
ライタープロフィール
名古屋市生まれ。1986年に早稲田大学政治経済学部卒業。NTTに8年間勤務し、広告宣伝や展示会、フィランソロピーを担当する。その後、米国ワシントンDC、パラグアイ、東京に移り住み、2006年に武蔵野美術大学造形学部通信教育課程デザイン情報学科コミュニュケーションデザインコースを卒業。2008年よりスミソニアン自然歴史博物館のグラッフィックデザイナーになり、現在も東京よりテレワーク中。NPO団体のデザインも手がける。
http://www.kunikodesign.com/

撮影:野崎 航正(09学映/写真コース)

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