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HOME  > 卒業生インタビュー  > No.54 福永 香 [国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)電磁波研究所 電磁波先進研究センター長]

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No.54 福永 香 [国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)電磁波研究所 電磁波先進研究センター長]

福永 香(ふくなが・かおり)
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)電磁波研究所 電磁波先進研究センター長
(2014年[2013年度]通信教育課程 芸術文化学科文化支援コース卒業)

神奈川県藤沢市鵠沼生まれ。1986年に東京電機大学工学部電気工学科を卒業し、1989年に同大学修士課程電気工学専攻を修了。
藤倉電線(株)(現(株)フジクラ)に技術職として入社し、多数の論文発表を経て、1993年在職中に工学博士号を取得。
その後退職し、東京電機大学での非常勤講師を1年勤め、1994年に郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。電波を用いた非破壊検査**の研究に従事している。NICTは電磁波(テラヘルツ波***)を用いた美術作品の科学調査を世界に先駆けて行い、国際的に高い評価を得ている。
アマチュア油絵画家の父の影響で、西洋美術の画集に囲まれ、画材道具で遊び、休日には美術鑑賞という環境に育ったアート愛好家。趣味はフレスコ画、バレエ。特技はイタリア語。

*国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT): 情報通信分野を専門とする日本で唯一の公的研究機関として、情報通信技術の研究開発推進に取り組む。
**非破壊検査:物を壊さずに内部の状態を観察する検査技術
***テラヘルツ波:「光」と「電波」の中間の周波数帯域、1THz(テラヘルツ)前後の電磁波。近年送受信機の開発が進み、無線通信への応用が期待されている他,非破壊検査用途への活用が欧米を中心に進んでいる。

【スライド写真について】
1.本人ポートレイト
2.藤沢市所蔵の長谷川路可作品をテラヘルツ波の装置で調査
3.THz(テラヘルツ)イメージング結果
4.卒業制作「メタ・ミュージアム・シアター」を2013年大阪グランフロントで実施したときのちらし
5.メタ・ミュージアム・シアターの様子(スクリーン前は福永さん)

プロフィールを見る

アート好きのエンジニアが手がけた、世界初「美術作品の科学調査」

−工学部電気工学科を選んだ理由は

よく聞かれるのですが、答えはきわめてシンプルなのです。工学部は就職が良さそうだったので就職予備校のつもりで、電気は内容が単純そうに思えたので選びました。理系でも、サイエンス系の理学部より、モノづくりに関わるエンジニアリング(工学部)の方がおもしろそうかなと。小さい頃から絵が好きで水彩画を描いていましたが、スケッチよりも良いものが描けないと自覚し、絵描きになるのを諦めました。


福永さん作のフレスコ画「父のトレド」

−ムサビの通信過程で学ぶことを選んだ理由

研究費が激減した年があり、時間的に余裕ができたのがきっかけでした。アート好きということもありましたが、最も大きな理由は、その当時流行り始めていたデジタルミュージアム活動に疑問を持っていたからです。ただ作品の3Dコピーを作るだけの内容だったり、説明ロボットの研究に大きな公的資金が使われたりすることに疑問を覚えて。情報通信技術をもっと上手にアート目線で使って文化に活かせる方法を考えてみたくなりました。また、学芸員資格を取っておけば後々の仕事に役立つかなとも思ったのです。

−ムサビでの経験

実技の提出課題やスクーリングは文句なく楽しかったのですが、論文執筆にはとても苦労しました。つい書き慣れた「技術調査論文調」になってしまうので、「一歩先から見て新しい提案に導く書き方」をするように指導していただき、相手に合わせて文章の書き方や構成を変えることも必要と学びました。
印象深かったのは、博物館実習担当の新見隆先生の「作品がここに置けと言っている」という言葉です。作品を生かすとはそういうことなのだ、それがわかる人、見せることができる人が展示をするべきなのだと納得しました。それ以来、展示を見るたびにこの言葉が心に浮かぶのです。
卒業論文はデジタルミュージアムを研究。デジタルアーカイブ化した大量のメタ情報から構築されたアートコンテンツを楽しめる場として、大人の知的好奇心を刺激する「メタ・ミュージアム・シアター」を提案しました。それをもとに、2013年に大阪グランフロントのオープニングで、超高精細画像で映し出された美術作品を高速ネットワークで結ばれたフィレンツェの歴史家がリアルタイムで解説するというイベントを実施し、好評を得ました。


2013年、大阪グランフロントで行われた、メタ・ミュージアム・シアター

−これまでの研究内容とテラヘルツ波研究との出会い

学生時代は変圧器を、フジクラではケーブルとそのつなぎ目の劣化を研究し、NICTでは全ての電磁波を使って目では見えないものを観察し診断するということを20年近く手がけています。
電磁波の1つ、光と電波の中間の周波数帯域であるテラヘルツ波は扱いにくい領域として手付かずの状態で、最後の「未開拓の電磁波」とも呼ばれていました。転機は2005年の同僚との立ち話。テラヘルツ波の発振技術の進捗状況とその性質を聞かされたとき、不思議なことに、幼少の頃から画集で目にしていた「テンペラで描かれた祭壇画」が脳裏に浮かんで来て、これを使えば祭壇画の下地構造を見られるのではと閃いたのです。実験の結果、テラヘルツ波を絵画表面から照射し波の反射を捉えることで、透過X線や赤外線では見ることが難しかった、表面付近の層構造を調べられることがわかりました。


ジョットの「バディア家の祭壇画」


2008年、ウフィツィ美術館内で、ジョットの「バディア家の祭壇画」を修復家(イタリア語)と技術者(英語)の通訳をしながら実験


ウフィツィ美術館所蔵のジョットの「バディア家の祭壇画」の分析結果の一例

−電磁波(テラヘルツ波)を使った美術作品の調査と実績

修復家は修復計画をたてるために、表面の絵画層だけでなく、下地や支持体の状態や過去の修復状態も綿密に調査します。そのとき、微量のサンプルを採取することもありますが、損傷を最小限に抑えることはとても重要です。ですから、テラヘルツ波を美術作品の科学調査に用いるという世界初の試みは、「ずっと見たくて見られなかったものが、作品を傷めずに見える」と、多くの修復家から喜ばれました。
2008年の調査で、イタリアルネッサンス画家ジョットの作品「バディア家の祭壇画」の石膏層が二層であることを明らかにしたことで協力者が増え、マザッチオ、ロッソ・フィオレンティーノ、フラ・アンジェリコ、ピカソ、ダリの作品やレオナルド・ダヴィンチ作「最後の晩餐」、メトロポリタンミュージアム所蔵のミイラや尾形光琳作「八橋図屏風」、日本でも東京国立博物館所蔵の狩野永徳作「檜図屏風」や、高松塚古墳やキトラ古墳の壁画を調べました。


2019年10月に行われたレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」の調査。もともと破片から絵画層が(フレスコ画でなく)テンペラで描かれていたことは知られていたが、それを面的に観察して裏付けた。

−美術作品の科学調査の問題点と今後の展望

最大の問題は予算です。修復家が調査を望んでも、高額なコストを美術館等が独自で負担するのは容易ではありません。しかし日本の現状では、人文系に公的予算がなかなかつかないので調査に至らず、育った技術も活かせません。これは欧州諸国と大きく異なります。また、得られたデータを読み取る画像診断技術の向上や技術者の養成も欠かせない課題です。今後はデータ数を増やし、サンプルされたデータを組み合わせて総合的な診断ができるレベルまで発展させたいと願っています。
日本の大学では、工学部の中で美術調査が学問分野として認識されていません。一方、欧州では「文化財科学」が応用物理系の中に確立されており、例えばルーブル美術館の地下には最先端の計測設備と30人以上の科学系常勤スタッフがいる研究所(C2RMF)があります。文化財の調査が理系の領域であるという認識を日本でも広めていきたいですし、美大の科目の中にも科学調査があってもいいんじゃないかと思うのです。


フラ・アンジェリコ, Annunciazione: Giornata層を観測,ただしこの作品については紫外線や赤外線による観察結果からマリアの衣服の白い部分が元はマゼンタだったことがわかった方が大きな成果。

−美術の力とは

人類が初めて記録を残した、情報を共有した、見えない脳の中を表したのは、洞窟の壁画のような「絵」であり、何かを叩いて奏でた「音楽」です。つまり美術と音楽こそが、人類の証明のようなものかと。美術と音楽は、言語のような記号を介さずとも人を動かしたり、脳を直接刺激したりできるわけで、非常に大きな力を持っていると思います。


著書

−ムサビ学生へのメッセージ

技術と美術は両方とも「術」を含み、人間が作ったもの。そう考えると、工学部は、自然を探求する医学や理学よりも、モノづくりの造形学部に近いと思います。美術は人類共通の表現活動なので、「美大生」という見方をされるのに固執しないで、学校の枠組みから抜け出ていろいろなことを経験するのも良いのでは。学科・学部のカテゴリー分けを無視すれば、実は一番近いところに工学部がいるよ、みたいに考えられるかも(笑)。皆さんに技術も面白いよということを伝えていきたいです。

− 編集後記

福永さんは『ニコニコ美術館(ニコ美)』を観て「やりたかったデジタルミュージアムはこれだった!卒論を書き直したい」くらい感動したそうだ。確かにニコ美の誰にでもわかりやすい解説には興味をそそられるし、実物を見に行きたくなる。視聴者からのリアルタイムの書き込みには思わずクスッと笑わされ、アートを肩肘張らずにゆるーくフツーに楽しめる。「技術と美術も‘モノづくり’で根っこは同じ、違いを感じない」そうだ。何に対しても、特別なもの、違うものという既存の枠組み・既成概念を取っ払うと、新しい発見や予想外の出会いに結びつくのかもしれないと気付かされた。

取材:大橋デイビッドソン邦子(05通デコミ/グラフィックデザイナー)
ライタープロフィール
名古屋市生まれ。1986年に早稲田大学政治経済学部卒業後、情報通信会社で企業広告、フィランソロピーを担当。その後、米国、パラグアイ、東京に移り住む。2006年に武蔵美通信コミュニケーショデザインコースを卒業後、再び渡米し、2008年よりスミソニアン自然歴史博物館でグラッフィックデザインを担当。2015年より東京在住。
http://www.kunikodesign.com/

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