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[msb! caravan]

No.80 中田一会 [株式会社きてん 共同代表/プランニングディレクター、株式会社マガジンハウス『こここ』編集長]

中田 一会(なかた かずえ)
株式会社きてん 共同代表/プランニングディレクター、株式会社マガジンハウス『こここ』編集長

(2007年[2006年度]芸術文化学科卒業)

1984年東京都生まれ。2007年大学卒業後、IT関連出版社グループに就職し、IR(投資家向け広報)などを担当。2010〜2015年まで株式会社ロフトワークのPR兼コミュニケーションディレクターとして勤務。2015~2018年3月までアーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)に在籍し、プログラムオフィサー兼コミュニケーション・デザインを担当。2018年4月に個人事務所「きてん企画室」を開設。翌年株式会社化。2025年に五藤真氏との共同経営体制となり「株式会社きてん」として新スタート。さまざまな企業・組織・文化事業の広報関連プロジェクトを手掛けている。千葉国際芸術祭2025の広報コミュニケーションディレクターを務めた。
2021年にマガジンハウスのウェブメディア「こここ」を編集長として創刊。
清泉女子大学の非常勤講師、広報講座の講師など、活動の幅は広く、社会福祉士の資格も取得。
自称「記録魔」―日記を書く、写真を残す、データの整理が好き。日記の私家本をつくっている。

Webサイト:株式会社きてん
福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」

【スライド写真について】
1. 本人ポートレート
2. 展示用テキストの編集やドキュメントブックを担当した「東京アートポイント計画 ことばと本の展覧会」(東京都千代田区、2019)
3. 徳島県勝浦町の「熟成みかん」を紹介するポスター
4..編集長を務める『こここ』に掲載されたブラジル人学校「サンタナ学園」の記事
5.『こここ』創刊5周年記念企画展「福祉とものづくり、場、ことば」(栃木県益子町、2026)(提供:マガジンハウス〈こここ〉編集部/撮影:馬場新海)

プロフィールを見る

めざすは「生きやすい社会をつくるための広報コミュニケーション」

─ ムサビの芸術文化学科を選んだのはどうしてですか?

出身が国分寺で大学の近所で育ったからなのでしょうが、絵が好きな子供時代は大人から「じゃあ将来はムサビだね!」と冗談で言われていたのです。それを間に受け、子供の頃からムサビに漠然とした憧れがありました。

高校生の時に、美術にすこぶる秀でた美大志願の同級生が周囲に何人かいて、作品のすばらしさやつくることに対する熱意に心から圧倒されました。自分は人の作品を見たり作者の制作物への情熱について考えるのがとても好きだなと感じて。思い返せば小学生ぐらいから、クラスメートの絵を見ては、アウトラインや構図、色使いなどの特徴を捉えて、自分以外の人の作風に感嘆していましたね。そんな気持ちがあって、つくる人を支える仕事に関心を持つようになったのかもしれません。

でも、一旦は学費の面で美大受験を断念しました。それで芸術学や芸術史学が学べる一般大学受験の準備をしたものの、予備校の雰囲気に馴染めず不安は募るばかり。そのとき美大を目指す友人から、ムサビに芸術文化学科があること、美大でもアートマネジメントや芸術学を学べることを聞きました。やはりムサビに行きたい、美大に行かないときっと後悔すると思い、親に改めて相談したのです。それまでものをねだったことのない娘からの懇願に、奮起した母は再就職して資金繰りに奔走。奨学金も含めてなんとかなりそうとわかったのが高校3年の夏というギリギリの時期でしたが、受験勉強も背水の陣で頑張り、現役合格することができました。

─ 大学時代に夢中になったことは?

授業では博物館学、芸術学概論、プランニング概論、デジタルアーカイブ論、文化人類学などがおもしろかったです。また芸文でも実技が一通りあり、つくる側の考え方や技術を知ることができたのはよかったです。先生たちは展覧会やトークイベントなどいろんな現場に学生をよく連れ出してくれましたし、新見隆先生の呼びかけで、ニューヨークの美術館を巡る旅行にも2度行きました。


学生50人ほど参加したニューヨーク美術旅行

学外活動では、キャンパスの近くの友人の家の居間をオルタナティブスペースにして、そこで企画展を年に数回開催しました。ユニークな作品を制作している他学科の学生に声をかけ、ワークショップや展示など作品発表の場を企画・運営していたのです。また、地方の新しい美術館や芸術祭を友人達と車をレンタルして見に行き、出会ったアーティストや美術業界の先輩方と交流するなど、とても芸文らしい学生生活を4年間送っていましたね。


大学2年生のときに授業の一環で、企画・展示計画・広報までを手掛けた「文化が座る展 ―大学所蔵の椅子七脚の背中」展

─「αMプロジェクト」を学生スタッフとして手伝ったそうですね。

現在の「gallery αM(※1)」が当時はギャラリーを持たない「αMプロジェクト」として運営していた時期で、京橋のart space kimura ASK?(現在は移転)を借りて、年8回ほど企画展を開催していました。当時は芸文の学生が有志で手伝い、アシスタントキュレーターとして学生チームが運営を担っていたのです。たとえば2005年度は、キュレーターの岡部あおみ先生が選抜されたアーティストに対し、学生が連絡窓口になり、告知、パンフレット作成、展示準備、設営、オープニング、撤収、アニュアルレポート作成までの一切を受け持つという仕事を2、3年生のときにがっちりやっていました。忙しすぎて就活する時間がなかったほど(笑)。


αMプロジェクトのパンフレットの編集を担当

展覧会ごとにつくるパンフレットは、アーティストがこの先も使えることを意識して、バイオやキュレーターのメッセージが掲載されているものを日英バイリンガルで作成していました。「専門家がアーティストの可能性を説いた論評が掲載されていることは、アーティストたちの活動の支えにもなるから、単発の広報用ではなくこの先も使える資料としてつくろう」という岡部先生の方針に感銘を受けました。広報物を制作する、情報を編集するとは短期的に役立つだけではなくて、長期的にも意義や価値を生むことができるのだと学びました。

※1gallery αM:さまざまな表現の可能性を有するアーティストと、新しい価値を発信できるキュレーターの活動の場として展開する、武蔵野美術大学が運営する非営利のギャラリー。1988年「ギャラリーαM」を吉祥寺に開設し、現代美術に主眼を置いた企画展を多数開催。2002年3月に閉廊後、同年7月からは特定の場所をもたない「αMプロジェクト」として、柔軟性の高い展覧会活動を実施。2009年には馬喰町にギャラリースペース「gallery αM」を開設。2023年に市ヶ谷キャンパスへと移転。

─  卒業後はどういうお仕事をされましたか?

キュレーターやアートマネジメントの道も考えたのですが、まずは奨学金を早めに返済したいという考えが真っ先にあり、就職を決意。IT系の出版社グループに入り、投資家向け広報や社内報を担当しつつ、女性向けの電子書籍/紙書籍の企画編集を手掛けました。

3年後、クリエイティブベンチャーのロフトワークに転職。その頃に奨学金も完済しました。その後、公共性の高い仕事をするため、31歳のときにアーツカウンシル東京に転職。地域のアートプロジェクトやNPOに伴走する中間支援職とコミュニケーションデザイン担当を兼務しました。


ロフトワークで編集長を務めたフリーペーパー

そして3年後の2018年に独立し個人事業の「きてん企画室」を創立。2025年には「株式会社きてん」となり、事業内容も人数も拡大しました。

─ きてんはどういう事業をおこなっていますか?

事業のきてん(起点・基点・機転)をつくるバックオフィス・カンパニーで、芸術文化、演劇、デザイン、ものづくり、地域、福祉等に関わる組織をサポートしています。広報コミュニケーション活動を専門とする「きてん企画室」と、会計・経理を専門とする「きてん会計室」の2部門構成で、私は企画室のディレクターです。

クライアントである会社や団体のほとんどが中小規模で、バックオフィスである事務部門の広報や経理、財務企画に十分な人員を割くことが困難な場合もあります。きてん企画室は広報担当者の相談にのったり、一緒に企画や広報制作物を考えたりして、コミュニケーション活動に伴走する役割を担っています。また、芸術文化系や地域づくり系の団体は非営利事業を運営していたり助成金を申請したりすることも多く、会計ルールが複雑です。そこで会計室は現場に寄り添って会計・経理業務のお手伝いをしています。


秋田文化創造館の運用計画のリーフレット。きてんは運用計画内容の策定をサポート(2019)

きてんはバックオフィスの仕事のサポートとともに、そこに関わる人のエンパワーメントを図りたい。組織の裏支えの人たちが働きやすい環境をつくり、「裏方」として目立たない仕事の重要性を社会に発信していきたいと考えています。


徳島県内で活動する文化団体や地域団体に向けた広報勉強会シリーズ(2019〜2020)

─ きてんが取り組んだ印象深いプロジェクトについてご紹介ください。

「東京アートポイント計画(※2)」の発信事業が挙げられます。もともと主催であるアーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)の職員だったのですが、独立した後も継続して担当しました。イベント企画、メールマガジン、サイトコンテンツ、人が来てもらうための相談会など、発信事業全体の設計と細かいディレクションまで受け持ちました。公益事業として何をやるべきか、何を発信するべきか、コミュニケーションの生態系に至るまで、チーム全員と議論しながら進められたのはとてもいい経験でした。


東京アートポイント計画のフリーペーパー『AM/PM(エーエム・ピーエム) ―Artpoint Meeting Paper Media―』の編集を担当

編集としては、まとめるのにとても苦労した『アートの会計・税務に困ったらひらく本』。これはアーツカウンシル東京が2021年度に実施した「芸術文化創造活動の担い手のための会計・税務講座」から冊子をつくるプロジェクトで、税理士の先生方による講座をQ&A方式に編集しなおした読み物です。専門的な情報をアートの現場にいる人に伝えるようにまとめるのが非常に難しく、構想から発行まで仕上げるのに2年かかりました。現在も講座でテキストとして使われたり、ウェブサイトからPDFが無料配布されたりしています。


『アートの会計・税務に困ったらひらく本』(発行:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京/監修:公認会計士山内真理事務所/株式会社THNKアドバイザリー)

※2 東京アートポイント計画:東京都とアーツカウンシル東京が、地域NPOや都内の自治体と協働して、街の中に創造的な拠点(アートポイント)をつくる文化事業。2009年にスタートし事業再編に伴い2026年3月31日をもって事業を終了。

― ウェブマガジン『こここ』の編集長になった経緯と『こここ』の内容について教えてください。

『こここ』は、福祉をたずねるクリエイティブマガジンと題した、マガジンハウス社のウェブ媒体です。もともと私はアーツカウンシル東京在籍中に福祉分野と連携する文化事業の立ち上げに関わり、全国の福祉施設やマイノリティと呼ばれる方々のコミュニティについて調査も担当しました。その経験をもとに、マガジンハウスのプロデューサーから「福祉とクリエイティブをテーマにウェブマガジンをつくるので手伝って欲しい」と声がけいただき、リサーチから事業計画、創刊まで手掛け、外部編集長として携わることになりました。


福祉をたずねるウェブマガジン〈こここ〉」紹介リーフレットを企画・編集

『こここ』の合言葉は、「個と個で一緒にできること」。年間200本超の記事を配信し、社会福祉に係るプロジェクトも実施しています。福祉現場やプロダクト、イベントの紹介だけでなく、現代社会を捉えるための思想や書評、対談まで幅広い情報を取り上げています。学問的な知見を専門家に聞くシリーズも人気があって、例えば「差別ってなんだろう」とか「包括的性教育とは」などのテーマを扱っています。一方、ウェブ媒体として、万が一炎上して協力者や取材者の方を傷つけることにならないよう、記事の編集はかなり慎重に進めています。

社会福祉に関わるメディアは、重いテーマや社会構造も扱うので「大変でしょう」と言われることもありますが、私には気づきがたくさんあってとても興味深い分野です。媒体運営がきっかけで社会福祉士の国家資格を取ったくらいです。


『こここ』編集部メンバー(提供:マガジンハウス〈こここ〉編集部/撮影:馬場新海)

― 『こここ』の印象深い記事についてお話しください。

「働くろう者を訪ねて」というシリーズがあり、写真家であり、ろう者でもある齋藤陽道さんともりやままなみさんと進めています。齋藤さんはろう学校にいた頃、将来やりたい仕事をイメージできなかったそうです。先生からも、様々な職業に就くろう者がいることを知らされませんでした。だからもし『13歳のハローワーク』のろう者版があれば、聴覚障害のある子供や若者が将来やりたいことの夢を幅広く描けるのではないかと考えたそうです。これまでに取材したろう者は50人近くにのぼり、その仕事のバリエーションは実に多様です。障害の有無にかかわらず、いろいろな人生や職業があるのだなと知ることができ、毎回大きい反響を呼んでいます。

福祉にまつわる現場を訪問する「こここ訪問記」シリーズでは、最近でいうと、日系ブラジル人が経営するブラジル人学校「サンタナ学園」(滋賀県)や、発酵をテーマにしたセレクトショップ「ひょん(就労継続支援B型事業所)」(岡山県)を紹介しました。

― 中田さんが仕事上で大切にしていることは何でしょうか?

座組と環境です。経営者・ディレクターとしては、どんなチーム、誰と働くかということと、どういうルールや環境の中で活動するのか設計することを大切にしています。働きやすい場を整え、チームで楽しめる仕事をつくり、一人ひとりが伸び伸び働けることを目指しています。個人の中にしっかり安心があってこそ創造性が発揮できると信じているから。また、コミュニケーション企画を扱うプランナーとしては、広報の言葉は社会をつくるものなので「生きやすい社会」づくりに貢献する仕事を実践していきたいと思っています。

― ムサビで学ぶ学生へのメッセージをお願いします。

二つ思いつくことがあります。一つは「目の前に来たものをおもしろがり続けているとどうにかなる」ということ。余計なことをし続ける、おもしろいことにすぐ乗るというのも、私が実践していることです。もう一つは「自分にとって大事なものは誰も教えてくれないので、自分で頑張って探すしかない」ということ。そうした他人の物差しに左右されない「自分にとって譲れないもの」を持っていた方がどんな道を進むにしろ、伸び伸びと生きていけるのではと思っています。

編集後記:

これまで大勢の方をインタビューしてきたが、ほぼ全員が「つくりたい」「何かを発信したい」人であったので、「つくりたい人を支えたい」さらには「つくる人を支えるバックオフィスをサポートしたい」という考え方はとても新鮮に聞こえた。中田さんがこれまで関わったどのプロジェクトにおいても、対象への尽きない好奇心と慈しみをお持ちなのが伝わり、それこそが優れた広報をする上での基本のキなのではと感じた。

取材:大橋デイビッドソン邦子(05通デコミ/グラフィックデザイナー)
ライタープロフィール
名古屋出身。フリーランスグラフィックデザイナー/ライター。2006年に武蔵美通信コミュニケーショデザインコースを卒業後、渡米し、スミソニアン自然歴史博物館でグラフィックデザインを手がけた。2025年より東京と長野(八ヶ岳)の二拠点生活を実践中。

撮影:いしかわ みちこ(10院デ写)

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