中村 圭三(なかむら けいぞう)
自然地理学者、敬愛大学名誉教授、
(2025年[2024年度]通信教育課程油絵学科 絵画表現コース卒業)
1947年埼玉県住まれ。千葉県在住。
1972年に立正大学文学部地理学科卒業。1978年、法政大学大学院人文科学研究科地理学専攻博士課程満期退学。1978年から1990年、道都大学(北海道紋別市)の助手・講師・助教授を務める。1983年、理学博士(筑波大学)の学位を取得。1990年から2018年、千葉敬愛短期大学教授を経て敬愛大学国際学部教授を務め、2010 年から2014年、同大学国際学部長に就任。2018年より敬愛大学名誉教授。
現在は法政大学地理学会会長。また、2017年にNPO法人環境・地理探訪クラブを設立し、環境科学・地理学の普及及び国際支援活動を実践中。
著書は『フィールドの環境科学』(青山社、2007)、『流氷の来る街』(古今書院、1992)、『東南アジアの環境変化』(法政大学出版局・分担執筆、2002)など多数。
【スライド写真について】
1. 本人ポートレート
2. メコンデルタにおける井戸水の水質調査(1996)
3.『オホーツク海の紋別の海岸から離れ始めた流氷』(2021)
4.『大木の下の井戸で水を汲む女性』(2026)
5. NPO法人環境・地理探訪クラブの機関誌(2019~)
「絵論文」に環境問題解決の夢をかける
─ 長い間、自然地理学の研究をされたそうですね。
奨学金をもらいながら、立正大学の夜間部の地理学科に入学したのが始まりです。もともとは化学が志望だったので、最初はあまりやる気が出ませんでした。2年生の後半に、気候を調査する実習を体験して興味が芽生え、ようやく本気で地理学を勉強するようになったのです。25歳の時、法政大学大学院に進学し、70歳で千葉の敬愛大学を定年退職するまでの45年間、世界各地の気候現象や酸性雨といった環境問題についての研究・教育に携わってきました。

─ 100本以上の学術論文を発表したそうですが、どのような研究をしていましたか?
主に世界各地の大気や水の環境を調査してきました。最初の研究は大学院1年生(1972年)のときで、9月から翌年2月までの半年間、ユーゴスラビア(現クロアチア)のアドリア海沿岸で実施された局地風「ボラ」の現地調査に参加しました。ボラとは冬季に台風並みに発達して猛威を振るう強風のことです。進学して間もない6月に教授から海外調査に誘われてびっくり。海外渡航は初めてだったので、パスポートや国際免許証の取得などの準備が大変でしたが、現地でも、気象観測を行う機器の設置・管理から地権者との交渉まであらゆる業務をひとりで担い、言語は英語とドイツ語という大仕事でした。何もないところで調査を開始するというのは学びの大きな経験になりましたね。

『局地風「ボラ」の全容』(2025)
翌年、大学の合宿実習で長野県菅平高原を訪れた時、夜に山からひそひそと下降してくるひんやりとした独特の風「冷気流」に遭遇し大感動。それから毎夏10年間ほど菅平高原に通って気象観測を行い、この内容を修士論文・博士論文にしました。

『徹夜の冷気流観測を終えてほっとした明け方のひと時』(2021)
オホーツク海沿岸の紋別市の道都大学で教鞭をとっていた時、流氷の研究をしました。地元の人々は「流氷が来るとしばれる(厳しく冷え込む)」と言います。そこで、それまで科学的な研究がほとんどなかった流氷の接岸と寒さとの関連性について調査。また、流氷が来たり溶けたりすると海岸が目に見えて変化するのも興味深く、そうした地形の変化も調べました。

海岸に形成された巨大なアイスフィット(1985)
そのほか、千葉県北部の酸性雨、ベトナム・メコンデルタの地下水調査、ネパール・ヒマラヤの暮らしと環境など国内外で様々な調査研究を実施。また敬愛大学内に、環境情報研究所を設立し、国内の大学・研究機関との研究交流を推進しました。
─ 絵画を始めたきっかけと、ムサビの通信教育課程に進学した理由をお聞かせください。
それまで研究一筋だったので、70歳(2018年)で定年退職したのを機に、これからの残りの人生では芸術文化活動をしてみようかと。それで退職の翌週から週1回、近所の絵画教室に通い始めたのです。絵筆を持つのは中学校以来というゼロからのスタート。鉛筆デッサンを半年ほどしたあと、油絵で静物画を描いていましたが、そのうち果物や花瓶などのモチーフに飽きてしまった。そこで昔旅行したヴェネツィアの風景を描いてみると、なかなかの出来栄えに大満足。その後は風景画を描き続けました。

初めての風景画『夕日に映えるヴェネツィアのカナル・グランデ』(2019)
それから、過去に調査で訪れた思い出深い10ヶ所を取り上げ、画集を作ることを思いついたのです。3年余りかけて油絵を10枚仕上げ、その制作工程についての詳細な記録と各調査研究の概要を添えて、紀行画集『風と水に魅せられて』を自己刊行したのは、絵を始めて5年目のときでした。

表紙絵は『アラル海の湖底に放置された鋼鉄製の漁船』(2021)

紀行画集『風と水に魅せられて』(2022)
「次はより創作的な絵を」と意欲に燃えていた矢先に、絵画教室の先生が急逝され、途方に暮れてしまって。そんな時、インターネットで武蔵野美術大学通信教育課程を知ったのです。思案の末、締め切りぎりぎりに出願し、3年次編入できることになりました。

絵画教室の恩師宮本和彦画伯と画伯の作品の前で(2021)
─ ムサビでの思い出をお聞かせください。
76歳にして美大生になったので、膨大な課題の制作、片道2時間半かけてのスクーリングへの参加など、それはそれは大変でした。また、周囲のクラスメートはエプロンの汚れ具合も持っている絵の具の量も玄人並みに見え、素人の自分とは桁違いに思えました。
それまで静物や風景ばかり描いていたので、最初のスクーリングがヌードデッサンだったのは驚きでしたね。一番辛かったのは彫刻の授業で、冷房設備のない倉庫のような広い教室でコンクリートの床に座っての作業は、高齢者にとって肉体的にしんどかった。また、モチーフとして飼われていた山羊と羊の餌やり・掃除などの世話を、学生がかわりばんこでやっていたのも忘れられない思い出です(笑)。

卒業制作はこれまでの研究の中心であった風をテーマとし、アドリア海の局地風「ボラ」とヒマラヤの「風」を描きました。

卒業制作作品『ヒマラヤ山中の風への祈り』『ボラの吹き荒ぶアドリア海のセニ港』(2025) 『ヒマラヤ山中の風への祈り』は第82回現展(2026)で入選
─ 論文の内容を絵画で表現する「絵論文」は中村さん独自の手法ですね。思いついたのはどのようなきっかけでしょうか?
卒業が近づいた時期に将来の進路についての講義がありました。若い人に比べると、70代後半の自分のこれからの時間はそれほど長いとは思えない。でも、私には何十年もの長い過去がある。だったら過去の研究業績を題材にして絵画制作に取り組もうと考えたのです。

課題の「卒業制作ノート」
研究者は研究の成果を論文として学会誌などに発表しますが、それは専門家のみに読まれ、一般の人の目に触れることはほとんどないです。内容も文章中心で専門用語が多いので、専門外の人には理解しづらいかもしれません。研究した知見が実社会に発信できていないのではと感じている研究者は、私を含め大勢います。もし、論文の内容を絵画で表現できたら、科学論文に馴染みの薄い人にも、視覚的・直感的にわかりやすいのではないか。さらには研究内容への関心が深まり、環境問題の解決に一歩近づくのではないか。そうした願いをこめて、研究成果を絵で表現した論文、「絵論文」をつくることを考えました。「絵論文」は物語を絵巻物にした源氏物語絵巻や平治物語絵巻にも通ずるものがあるようにも思えます。
─ 「絵論文」の内容について教えてください。
これまでの研究を振り返って、全体を3分野に分け具体的な調査内容15テーマに分類しました(1気候学―①アドリア海の局地風「ボラ」、②長野県菅平高原の冷気流、③北海道オホーツク海沿岸の流氷、④生物と季節、2環境問題―⑤日射と大気汚染、⑥池沼の水環境、⑦都市と地球の温暖化、⑧千葉県北部地域の酸性雨、⑨東日本大震災、3海外諸地域の環境調査―⑩フィンランドの周氷河地形、⑪ベトナム・メコンデルタの井戸水、⑫ネパール・ヒマラヤの暮らしと環境、⑬ネパール・テライ低地の地下水ヒ素汚染、⑭ブータンの暮らしと環境、⑮アラル海の環境問題)。テーマごとに表現した油彩画4枚(計60枚)に科学的な内容解説を加えて、100ページ程度の「絵論文」画集としてまとめようと準備を進めています。80歳になる来年(2027年)には完成する予定です。

「絵論文」画集の各テーマの絵画リスト
─ 「絵論文」画集を発表した後は何にチャレンジしたいと考えていますか?
私の思考の中には科学と芸術と宗教という3つの柱があり、科学は長年の研究で、芸術は絵論文という形で集大成できた暁には、今度は宗教に関して取り組んでみようかと。中でも関心があるのが仏像で、木造彫刻の仏像づくりを始めました。木曽檜を業者から買い、専門的な彫刻刀をオークションで落札し、YouTubeを見ながら作ってみました。まだ始めたてなので、これからもっと学んで創作していきたいです。


自作の地蔵菩薩立像
─ 創造力・発想力を高めるために大事なことは何だと思いますか?
一番大事なことは「観察」です。大学生の頃に、見たもの聞いたものをなんでも「記載」して残すようにと叩き込まれましたが、そのためには自然の状態のまま客観的に注意深く見るという「観察」が欠かせません。観察の癖がすっかり身についており、今も街を歩いているときなどにキョロキョロ見ていると家族に指摘されるほど(笑)。
絵画教室で木を描いていたときに、先生から枝葉のつき方や方向などについて非常に細かく質問され、科学者だけでなく、美術家も観察力が大切なのだなと思いました。写真で残すという方法もありますが、写真はその瞬間だけしかとらえていないのに対し、絵は描き終わるまでずっと見ているので、その観察の深さはとても深いと言えるでしょう。
観察の由来は仏教用語の「観察(かんざつ)」で、「心を集中させ阿弥陀如来のお姿や浄土のありさまを克明に心に移すこと」を意味します。心を落ち着かせてじっくり観察するということは想像力や発想力を高めることにつながると思います。

─ ムサビの学生へメッセージをお願いします。
1つには普段から見たり気づいたりしたものを記載でも写真でもいいので記録として残しておくこと。それらは自分だけが持つ知識の蓄積・資料となり、創作活動を支える基盤となりうるので。2つめには表現方法をよりステップアップさせていくための創作の技法を身につけること。3つめはやはり観察力を高めることです。これらを日々積み重ねていくことが重要だと思います。
編集後記:
「絵論文」はぜひ子どもに見てほしい。若い世代が絵画を通じて科学のおもしろさに気づき、環境問題に関心を持ってくれたら、地球の将来にも少し希望が持てる気がするから。つぎつぎとやりたいことをみつけて取り組む中村さんのバイタリティーに、まさに「年齢を言い訳にしない再挑戦」を実践していると心から脱帽。
取材:大橋デイビッドソン邦子(05通デコミ/グラフィックデザイナー)
ライタープロフィール
名古屋出身。フリーランスグラフィックデザイナー/ライター。2006年に武蔵美通信コミュニケーショデザインコースを卒業後、渡米し、スミソニアン自然歴史博物館でグラフィックデザインを手がけた。2025年より東京と長野(八ヶ岳)の二拠点生活を実践中。
撮影:いしかわ みちこ(10院デ写)